第3章

セリーナ視点

 氷牢――それは竜族の王国において、最も残酷な刑罰が行われる場所。

 極寒は血を凍らせる。けれど本当に恐ろしいのは、囚われた者の体内から魔力を少しずつ、容赦なく吸い上げていくことだ。命が尽きる、その瞬間まで。

 冷たい石板の上に投げ捨てられた私は、下腹部を刃物でかき回されるような痛みに耐えていた。波が来るたび、前の波より深く、鋭い。

「ぁ――っ」

 堪えきれず声が漏れる。必死に魔力を引き出し、痛みを抑えようとした。

 そのとき、氷牢の扉が軋んで開いた。

 ドラコが入ってくる。背後には竜族の神官たちが数人。

「ドラコ……」

 やっとのことで顔を上げ、彼のズボンの裾を掴む。

「お腹が……痛い……すごく、痛い……」

「痛いだぁ? てめぇが口にするな!」

 容赦ない蹴りが飛び、私は弾かれるように転がった。

「アイビーを流産させやがったんだぞ!」

 息が止まった。

「子どもは……もういない」

 ドラコはしゃがみ込み、私の髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。

「お前が盛った毒で、あいつは俺たちの子を失った。これで満足か?」

「ちが……私は――」

「黙れ!」

 手を放された瞬間、頭が石板に叩きつけられ、視界が白く弾けた。

「神官が言った。アイビーは毒に侵されすぎている。いつ死んでもおかしくない。……お前の中にある、あの半分の魔女の心臓なら助けられる。出せ」

 瞳が震える。

「む、無理……もう半分はあなたに……これ以上取ったら、死ぬ……」

「死ぬ?」

 ドラコが嘲るように笑った。

「古い記録にははっきり書いてある。魔女は心臓を捧げても、失うのは魔力だけで命までは落とさない。六年前も死ぬかもしれないって言ったよな。結果はどうだ? お前はこうして生きてる」

「それは……違う……あの時は半分だけで――」

「もういい」

 ドラコは立ち上がり、氷のように冷たい声で告げる。

「本当に耐えられないなら、俺の子の墓にでも入れ。……やれ」

「やめて! ドラコ! お願い……止めて……!」

 必死に身をよじっても、神官たちはすでに詠唱を始めていた。紫の魔法陣が胸元に灯り、じわりと熱を帯びる。

「ぁ――っ!!」

 激痛が胸腔を裂いた。

 半分の心臓が、無理やり剥がされていく。血管がぶちぶちと千切れ、神経が悲鳴を上げる。私は石板に爪を立て、ぎり、とえぐった。指先から血がにじむ。

「や、め……お願い……ぁあああ――!」

 ドラコは顔を背けたまま言った。

「急げ」

 神官がさらに魔力を押し込む。

 そして――最後の悲鳴が空気を震わせた後。

 鮮やかな赤い半分の心臓が取り出され、水晶の箱へと収められた。

 ドラコはそれを奪うように受け取ると、振り返りもせずに去っていった。アイビーを救うために。

 氷牢に残されたのは、私ひとり。

 身体が言うことをきかない。石板に張りつくように崩れ落ちた。

 魔力という庇護を失った途端、極寒が骨の髄まで染み込んでくる。

 その直後、下腹部が――さっきよりも、ずっと酷く絞られた。

「ぁ……いや……」

 温かい液体が太腿の付け根を伝い、冷たい石板の上へと広がっていく。

 視界が滲んで、ようやく理解した。

 子ども……私の、子ども……

 それは一か月ほど前、アイビーが現れるより前。ドラコの発情期に宿った命。

 気づく暇すらなかったのに――失ってしまった。

 最後の力で、首元の水晶のペンダントを探った。銀狼族との政略結婚の証。

 握りしめ、砕く。

 ぱきん――乾いた音。

 次の瞬間、意識は底のない闇へ沈んだ。


 深夜。

 書斎でドラコは落ち着きなく歩き回っていた。治療師が先ほど報告していったのだ。アイビーは魔女の心臓を受け入れ、傷はすでに癒えた、と。

 なのに胸の奥がざわつく。理由のない恐怖。まるで、自分にとって決定的に大切なものが、どこかへ消えていくような――。

「入れろ! あの目の潰れた犬野郎を殺してやる!!」

 扉の向こうから、マヤの怒号が響いた。

「砰!」

 蹴り破るような音とともに、扉が暴力的に開く。

 血走った目のマヤが、息を荒くして踏み込んできた。

「マヤ、何の真似だ!」

 ドラコが怒鳴る。

「私が、狂ってる?」

 マヤは手にしていた血まみれの衣服を、ドラコへ叩きつけた。

「狂ってるのは、お前だよ。この畜生!」

 それはセリーナの外衣だった。赤黒い血がべったりと染みついている。

 ドラコは濡れた布を受け止めたまま、硬直した。

「どうして……あいつの心臓を奪えるんだ……!」

 マヤの声が震える。

「セリーナが妊娠してたこと、知ってたのか!?」

 ドラコの顔から血の気が引いた。

「……今、なんて?」

「妊娠してた! 一か月以上だ!」

 歯ぎしりするようにマヤが吐き捨てる。

「お前が殺したんだよ。自分の子どもを!」

「……あり得ない……」

 ドラコはよろめいて後退する。

「セリーナは……俺に何も……」

「言うわけないだろ!」

 マヤが吼える。

「本人だって気づいてなかった! ずっとお前のために戦って、症状だってまだはっきりしてなかったんだ。どうやって察するんだよ!」

 ドラコは弾かれたように踵を返し、氷牢の方角へ駆け出そうとした。

「探しに行く――!」

「もう遅い」

 マヤが冷たく笑った。

 ドラコの足が止まり、振り向いた目が獣のように鋭くなる。

「……どういう意味だ」

「セリーナはもう出ていった」

 マヤは淡々と言った。

「政略結婚のために帰ったよ」

「嘘だ! セリーナは俺を愛してる! 他の男に嫁ぐわけがない!」

 ドラコの瞳に暗い金色の火が宿る。

「転送門を用意しろ! 今すぐ――」

「会えると思ってるのか?」

 嘲りを含んだ笑みで、マヤは一語一語、突き刺すように告げた。

「言い忘れてたよ、ドラコ。三日前、セリーナは忘情薬を飲んだ」

「もう二度と、お前を愛さない」

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