チャプター 2 *

アンジェリーナ視点

最初に耳に入ってきたのは、キーボードを叩くカタカタという音だった。

次いでささやき声。低い話し声、足音のすれる気配、誰かの笑い声。

私は目を開けた。

蛍光灯。白い天井板――小さな穴が無数に空いたやつ。退屈で頭がおかしくなりそうなとき、ぼんやり見つめ続ける類の――

待って。

私は跳ね起きた。全身の筋肉が一斉に強張る。手が脇へ伸び、そこにあるはずの拳銃――ホルスターに収まったグロックを探した。

ない。

「アリア? 大丈夫?」

肩に手が触れた。

私は反射だけで動いた。手首を掴み、捻り、勢いを使って体を回して立ち上がる。さっきまで座っていたのに、次の瞬間には机の上に立っていた。痩せっぽちのガキを襟首で引き上げ、足が床からぶら下がるまで持ち上げている。

「誰の差し金だ?」声は氷みたいに冷たく出た。「どこの組織だ」

ガキは目を見開いた。「は? アリア、何を――」

私は半秒で教室全体を見渡した。白い壁。やる気を煽るポスター――「星に手を伸ばせ」だの、そんな薄っぺらい戯言。前方のホワイトボードには数学の式がびっしり。机が列になり、十代の連中がスマホを出し、イヤホンを耳に突っ込み、完全に魂を抜いた顔で座っている。

教室。

ここは教室だった。

「組織だと?」ガキは、喉元を掴まれているというのに、今度は笑い出した。「アリア、すげえ夢でも見てたんだろ!」

教室がどっと沸いた。

「うわ、マジで頭いかれた!」

「誰か撮れって!」

「またアリアのアクション映画ごっこだ!」

スマホが次々に出てくる。十数台のカメラが私へ向けられた。立ち上がった連中が距離を詰め、全員がにやにやと笑っている。今週いちばんの娯楽でも見つけたみたいに。

「これ絶対ティックトック行き!」

「映画観すぎだろ!」

「アリア、主人公になったじゃん!」

笑っている。全員が。教師まで――カーディガンを着た中年の女は、警戒するでもなく、苛立った顔をしているだけだった。

「アリア、正気じゃないぞ!」ガキはまだ私の握力で宙づりになっているのに、怯えより驚きのほうが勝っている声だった。「俺はローガン! お前の隣の席の! 下ろせって、息できねえ――」

私は自分の手を見た。

このガキの襟首を掴んでいる、私の手。

小さい。白い。タコもない。傷もない。

これは私の手じゃない。

私の手は長年の武器訓練で荒れていた。刃傷や火傷の痕で刻まれていた。

なのにこの手は柔らかい。繊細だ。スマホより重いものを握ったことすらないみたいな手。

腕を見る。細い。筋肉の輪郭がない。

これは私の体じゃない。

最後に覚えているのは水だ。冷たい太平洋の海水が肺を満たしていく感覚。頭上でヨットが爆発し、破片が榴散弾みたいに降り注いだ。肋骨が少なくとも三本は折れたのがわかった。胸の奥で何かが裂けるのを感じた。沈んで、沈んで、光が薄れていき、水が私を下へ引きずり込んだ。

私は死んだ。

私は、確かに死んだ。

それなのに今、私は……ここにいる?

「アリア・スターリング!」

教師がこちらへ歩いてきた。赤ペンを、武器みたいに手にして。私の机をそれで二度、コンコンと叩く。

「ローガンを下ろしなさい。今すぐに。そのような振る舞いは完全に許されません」

声は鋭い。けれど、その下に迷いが混じっているのが聞こえた。どう対処すべきか、わかっていない。

私は動かなかった。ただ、彼女を見つめ返した。

彼女は居心地悪そうに体重を移した。「アリア、あなたの騒ぎにはもううんざりよ。先週はあの馬鹿げたラブレター騒動で学校中が大笑いしたと思ったら、今度はほかの生徒に手を出すの?」

ラブレター?いったい何の話だ。

「校長室へ行きなさい。今すぐ。それから、あなたの親に連絡するわ」

その声には露骨な嫌悪が混じっていた。まるで、私をまともに見ることさえ耐えられないと言わんばかりに。

「何がどうしてこうなったのか知らないけれど、私の教室でこんな振る舞いは許しません。成績だってもう落第寸前なのに、それで今度はこれ?」

周囲で、またひそひそ声が湧き上がった。

「やべぇ、ウィルソン先生マジギレだ」

「てかアリア、ローガンを羽みたいに持ち上げたよな。あれちょっとヤバかった」

「でも停学確定だろ」

「それでも見合うわ。先生の顔、見たか?」

私はローガンを放した。彼はよろめいて後ずさりし、首をさすった。

先生に言われたからじゃない。考える時間が必要だった。いったい何が起きているのか、頭の中で整理するために。

放した瞬間、何かが私を殴りつけた。自分のものではない記憶の奔流。

アリア・スターリング。十五歳。ローズヴィル高校の一年生。成績評価平均二・〇。父、ネイサン・スターリング。オメガ――群れの序列で最下位。母、グレイス・スターリング。人間。兄が二人。

いじめられていた。常に。オメガの娘だというだけで。

先週、彼女はカイ・マシューズにラブレターを書いた。学校の王子様。エースクォーターバック。メドウ・パック次期アルファ。

彼はそれをインスタグラムに晒した。ぐしゃぐしゃの字がそのまま写った手紙の写真。恥ずかしい言葉が一つ残らず読めるように。添えられた文句は――「必死さ隠す気ゼロってときってあるよね」

一時間もしないうちに「いいね」は何百もつき、スクリーンショットはスナップチャットやティックトック、グループチャットへと拡散した。昼休みまでに、学校中が見ていた。

学校中が笑った。

私は机の上に立ったまま、スマホを構えて私を撮る子どもたちを見下ろしていた。赤ペンを握り、軽蔑を隠そうともしない教師を見た。私の「隣の席の相方」だったローガンが、また襲われるかもしれないとでも言うように後ずさっているのも見た。

つまり――私は生まれ変わったのだ。

十代のオメガの娘の身体に。

学校中の前で辱めを受けた、その直後に。

これはどんな悪趣味な冗談だ?

「アリア!」ウィルソンが怒鳴った。「その机から今すぐ降りなさい!」

その声には何かがあった。恐怖、というほどではない。もっとこう……私が次に何をするか、もう予測がつかない、そんな色。

私は机から降りた。こんな身体に備わるはずのない優雅さで。猫みたいに、音もなく足から着地する。

それから顔を上げ、彼女を見た。権威に挑もうとした群れの者たちに向けてきたのと同じ、冷えた視線で目を合わせる。

「どこにも行かない」

声は静かだった。一語一語が、正確で、刃のように鋭い。

教室が静まり返った。

ウィルソンが瞬きをする。「……なんですって?」

「親に連絡したいなら、どうぞ」目は逸らさない。「ただし、何をどう伝えるつもりなのか、よく考えたほうがいい」

誰も動かなかった。誰も息をしなかった。

いじめられて、授業中に意見も言えなくて、ラブレターの件で公衆の面前で辱めを受けたアリア・スターリングが――こんなふうに誰かに言い返したことなど、今まで一度もなかったからだ。

沈黙が伸びる。

そして、教室の後ろのほうで誰かが小さく囁いた。

「……マジかよ」

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