紹介
背中が机に叩きつけられた。痛みが頭蓋の奥で弾けた。
「あなたみたいな子が、カイみたいな男の子を夢見る資格なんてないの」ベラの息が熱く、顔にかかった。「みじめな恋文なんて書く資格もね」
また突き飛ばされる。さっきより、ずっと強く。
「そもそも、あんたがそんな必死な――」
足がもつれ、身体が落ちた。頭が角にぶつかって、鈍い音がした。
ぬるいものが首筋を伝って落ちてくる。血だ。
嘲笑が、悲鳴まじりの息を呑む音に変わった。
扉が乱暴に閉められる音。
立ち上がろうとした。無理だった。部屋がぐるぐる回り、視界が薄れて、黒に沈んでいく。
誰か……お願い……
四十九の群れを征服した最強のアルファ、アンジェリーナは、豪華ヨットの爆発事故で死んだ――はずだった。だが次に目を覚ますと、そこはアリア・スターリングという、十五歳のオメガの娘の身体だった。しかも、そのアリアは、いじめの末にたった今死んだばかり。
本来のアリアの人生は悪夢だった。学園の人気者、カイ・マシューズが彼女の恋文をネットに晒し、さらし者にする。そして最後は、カイの恋人ベラ・モリソンに突き飛ばされ、死へと追い込まれた。だが地獄は、それだけでは終わらない。家族にのしかかる現実は、さらに深い。
「月曜までだ」刺青だらけのならず者が、アリアの母親に嘲るように言い放った。「現金で一万。さもなきゃ担保をもらう――お前の子どもたちの臓器はいい値で売れる。お前のその可愛い娘? あれは別のやり方でもっと稼げるだろうしな」
脆いこの身体の奥で、アンジェリーナの殺傷の技が目を覚ます。もう隠れない。もう怯えない。
アルファの冷酷さと、血のように赤い謎のペンダントを武器に、彼女はこの家族を傷つけた者すべてを解体していく――一手ずつ、計算し尽くして。
チャプター 1
アンジェリーナ視点
太平洋の陽光がちょうどいい角度でワイングラスに差し込み、カベルネは生血のような色に染まった。わたしはヨットの手すりにもたれ、潮風に髪をさらわれるままにした。
「アルファ」警護責任者の声がイヤピース越しにザザッと響く。「外周、異常なし。十マイル先まで、見えるのは開けた海だけです」
「了解」
五年。四十九の群れを制圧し、リバーベンドの旗の下に束ねるのに要した年月だ。容赦ないと呼ぶ者もいた。先見の明があると称える者もいた。
わたしはそう思いながら、カモメが魚を狙って急降下するのを眺めていた。
「ジジッ――ジジジッ――」
通信系統が耳障りな悲鳴とともに死んだ。
次いで、無音。虚ろな沈黙。
考えるより先に、腰の銃へ手が伸びていた。
だが、遅い。
「ドン!」
ヨットが震えた。
群れのリンクが、もやのように乱れはじめる。本来なら聞こえるはずの声の代わりにノイズが走り、あるべき明瞭さの代わりに妨害が差し込む。
電磁パルスだ、と悟る。電磁波の衝撃で、こちらを叩いた。
つまり、船内の電子機器は全部焼かれたということだ。監視装置も、武装系統も、通信も――すべて。消えた。
だが、群れのリンクまで殺すとなると話が違う。相当な魔術がいる。大金がかかり、しかも死体の道筋が残る類の。
停電、か。やるじゃない――本当に度胸をつけてきた。
「バン!バン!バン!」
下のデッキから銃声が弾けた。悲鳴。唸り声。何かが裂ける、湿った嫌な音。
躊躇はしない。手すりを掴んで身を翻し、三層分を一気に飛び降り、メインデッキにしゃがみ込んで着地した。
護衛のうち五人が、すでに倒れていた。心臓を撃ち抜かれている。全員、例外なく。
黒い戦術装備の人影が八つ、死体の上に立っていた。武器は、残りの護衛が今にも飛び出してくる扉口へ向けられている。人間の匂い――銃油と、別のものが混じる。たぶん狼殺し草だ。酸のように焼ける、噴霧式のやつ。
そのうちの一人がこちらを向き、わたしの唇が、笑みとも呼べない形に吊り上がった。
「ドレイク」その名を呪いのように舌の上で転がす。「自分で来るほど馬鹿だとは思わなかったわ」
彼はライフルをわずかに下げ、こちらの目を捉えた。背が高く、傷だらけで、暴力を見すぎた末にその景色を気に入ってしまったような顔。元特殊部隊、傭兵、そして狩人。噂は聞いている。
「アンジェリーナ」声は砂利と煙のようにざらついていた。「ブラックアウトが、お前の首に五千万を出す。教団がさらに一千万上乗せ。合計六千万だ」彼は首を傾げる。「それだけあれば、俺の家族は何代も楽に暮らせる」
「生きて回収できたら、ね」
「そこが問題だ」彼は笑ったが、目は笑っていない。「だから手早く済ませよう」
空気そのものが押し潰すように重くなる。わたしのアルファの威圧が溢れ出したからだ。狩人は八人とも、一歩退いた。抗えない。
「撃て!」
弾丸が、わたしが立っていたはずの場所の空気を引き裂いた。
銀の弾がデッキを穿ち、手すりを裂き、窓ガラスを粉々にする。
だが、わたしはもう動いていた。視線が追いつかないほど速く。肩をかすめる一発。もう一発がジャケットを裂く。
変化は貨物列車に轢かれたみたいに襲いかかった。骨が軋み、形を変え、全身の骨格が三秒のうちに組み替わっていく。
狩人たちの顔色が真っ白になる。
ドレイクがライフルを持ち上げた。「く――」
言い終える前に、わたしは彼の懐にいた。
六十秒。必要だったのはそれだけだ。
最初の狩人の喉元はわたしの鉤爪で割れ、動脈の噴き上がりがデッキを赤く塗った。二人目は走り出した瞬間を捕まえ、顎を背骨に食い込ませる。ぐしゃり、と湿った音。三、四、五――ドミノみたいに倒れていく。まるで武器を握ったことすらないみたいに。
銀の弾丸が俺の皮膚をえぐり、めり込んだ。地獄の火みたいに灼けたが、これよりひどい目なら何度も見てきた。
七人目が落ちた。残るはドレイクだけ。
やつは手すりに背を押しつけるようにして後ずさりしていた。ライフルはもうない。震える手に握られているのは銀のコンバットナイフだけだ。タクティカルベストには血の筋が走っている。
俺はゆっくり、意図的に距離を詰めた。最初からどれほど勝負になっていなかったか、骨の髄まで理解させてやるために。
「ま、待――」声が裏返った。
俺は人間の姿へ戻り、裸のまま血を浴びてやつの前に立った。首飾りは俺の体に合わせて広がり、喉元へと落ち着く。
「ブラックアウトに戻れ」俺は静かに言った。「あの年寄りどもに伝えろ。たとえ今日ここで死んだとしても、地獄の底から這い出してでも心臓を引き裂いてやるってな。わかったか?」
ドレイクは首が折れるんじゃないかと思うほど激しくうなずいた。
「よし。じゃあ今すぐ、俺の船から消え失せろ」
ドレイクは非常用のはしごへと転がるように駆け、二度も転びかけた。俺はそれを見送る。すでに次の一手を計算しながら。ブラックアウトは、失敗が一度きりで引き下がる連中じゃない。次はもっと苛烈に来る。
やれるもんなら――そう思った、その瞬間。
ヤラの声が頭の中で炸裂した。混じりけのない恐慌。
危険!アンジェリーナ、逃げて!
そのほんの刹那あと、俺の本能も同じ警告を叫んだ。
俺は深く息を吸い込み、匂いを仕分ける。
海。血。火薬。ウルフズベイン。
それから、もうひとつ。潮風の下に薄く、ほとんど隠れるようにして漂う匂い。
爆薬。
くそ。
「ドーン!」
ヨットの船底が連鎖的に爆ぜた。次々と、次々と。火が空へと這い上がり、船体が横へ大きくのけぞる。金属が悲鳴を上げ、引き裂かれ始めた。
俺は手すりへ走り、跳んだ。
間に合わなかった。
「ドーンッ!!」
最後の爆発が空中の俺を捉えた。力と炎の壁が、虫でも払うみたいに俺を空から叩き落とす。肋骨が割れる感触。臓器が裂ける感触。胸の内側で、何か致命的なものがちぎれ飛ぶ。
そして水に叩きつけられた。
冷たい。あまりにも冷たい。
もう狼の姿を保てなかった。沈みながら、口と鼻から血が溢れ、太平洋の水を赤く染めていく。
沈む。沈む。沈む。
これで終わりか?泡が顔の横をすり抜けていくのを見つめながら思う。こんなふうに終わるのか?
五年。人狼の世界を征服してきたのに、俺はただの溺死体みたいに海で死ぬのか。英雄的な最期もない。抗って倒れることもない。
ただ……沈むだけ。
違う。思考が獰猛で必死に弾けた。まだだ。まだ終われない。やるべきことがある。見つけなきゃいけない奴らがいる。
両親。子どもの俺を捨て、何もないところから這い上がれと置き去りにした連中。答えが欲しい。目を見て、問いたださなきゃならない。
なぜ子どもを産んで、捨てた?
首飾りが喉元で脈打った。温かい。どんどん熱を帯びていく。
手を上げようとする。指は痺れて不器用で、言うことをきかない。残った力のすべてで狼牙に触れた。
ペンダントが赤い光を炸裂させた。
眩しい。目を閉じていても焼けるほど眩しい。温もりが喉から全身へ広がっていく。痛みではない。生きている熱だ。まるで、何年も眠っていた首飾りが目覚めるみたいに。
その光は弱りきった心臓の鼓動に合わせて脈を打った。一度。二度。もっと速く、もっと速く。赤い輝きは増し、ついに俺は包み込まれた。深紅の光の繭に。暗い海水が血のように見えるほどの赤に染まる。
灼けるような熱はさらに強く、さらに熱くなる。だが恐ろしくはなかった。これは死の熱じゃない。
別のものだ。
ありえないもの。
再生。
光が俺を完全に呑み込んだ。深紅の繭は太平洋の黒い心臓へ沈んでいく。さらに下へ、さらに下へ。水面が記憶に変わり、圧力が骨を粉にするはずの深みまで。
それでも、押し潰される感覚はない。
……抱かれている。
光の向こうに、夢みたいに。
そこに――
始まりがあった。
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三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
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