チャプター 3 *

アンジェリーナ視点

ウィルソンは、私に二つ目の頭でも生えたみたいな目を向けてきた。

教室は死んだように静まり返っている。撮影していた連中でさえ手を止め、スマホを掲げたまま固まっていた。

「今、私に何て言ったの?」彼女の声はきゅっと強張っていた。

私は自分の机の横に立ったまま動かない。視線も逸らさない。

「どこにも行かないって言っただけ」

彼女は瞬きをした。一度。二度。口が開いて、閉じて、また開く。

彼女の想定していた台本じゃないのだろう。私の頭の中に洪水みたいに流れ込んでくる記憶――昔のアリアなら、もうとっくに泣いていたはずだ。謝って、平伏して、怒られたくないと懇願して。

けれど、私はもう彼女じゃない。

情報が要る、と私は思った。この身体を、この世界を理解しなきゃならない。そのために校長室に座らされているわけにはいかない。

「あなた――」ウィルソンは赤いペンを握り締めた手に力を込めた。「別の生徒に暴行したでしょう!」

「してない」

「見たのよ! ローガンを掴んで持ち上げたじゃない!」

私はローガンに目をやった。まだ首元をさすっているが、痛がってはいない。ただ呆然としているだけだ。

「平気だよ」私は言った。「傷ひとつない」

「そこが問題じゃない!」彼女の声が裏返る。「あなたは他の生徒に威圧的に手を――」

「寝てたところを急に起こされた」私は淡々と、事実だけを並べた。「悪夢を見てた。反射で動いた。ローガンが近づきすぎただけ。それだけ」

周囲で、ささやきがまた立ち始める。

「ウィルソンに口答えしてる……」

「やば、これ」

「今日、誰か退学になるぞ」

ウィルソンの顔が真っ赤になっていく。「アリア・スターリング、あなたの妨害行為にはもううんざりよ。生徒に手を上げて、教師を脅すだなんて?」ウィルソンは続けた。「こんな行動、絶対に許されないわ!」

「脅してない」

「『よく考えたほうがいい』って言ったでしょう!」

「脅しじゃない。忠告」

彼女は顎を落とし、しばらく私を見つめるだけだった。

それから踵を返してドアへ向かう。「デイヴィス先生を呼んでくる。絶対に動くんじゃないわよ」

彼女は嵐みたいに出ていった。

私は腰を下ろした。

ローガンが椅子をずるずると私から離した。「アリア、何なんだよ? 余計に悪化させたじゃん!」

私は答えない。代わりにリュックから数学の教科書を引っ張り出し、開いた。

代数Ⅰ。基礎だ。

数字は見覚えがある。脳が勝手に処理する。眠っていても解けるような方程式。

この身体は十五歳、と思う。高校一年。オメガの血。弱い。いじめられている。

ここでのルールを把握しないと。序列。誰が力を持ち、誰が持たないのか。

そして――誰も殺さずに、それをやらなきゃならない。

ドアが乱暴に開いた。

ウィルソンが戻ってきた。しかも援軍付きだ。

彼女の後ろから入ってきた男は四十代半ばで、レンガの壁みたいな体格をしていた。刈り上げの短髪。太い首。首にはホイッスル、胸にはローズヴィル・ライオンズのポロシャツ。

「デイヴィス先生」ウィルソンが少し息を切らしながら言った。「私が話した生徒です」

デイヴィスは私を見た。次に、机の向こう側へ身を寄せたままのローガンを見た。それからまた私へ。

「お前が問題を起こしてるやつか」

質問ではなかった。

私は教科書を閉じた。「問題なんてない」

「俺が聞いた話と違うな」彼は腕を組んだ。「ウィルソン先生によると、お前は他の生徒に暴力を振るい、校長室行きを拒否し、彼女を脅したそうだ」

「誰も殴ってない。誰も脅してない」

「じゃあ、どうしてローガンはお前から二メートルも離れて座ってる?」

私は肩をすくめた。「本人に聞けば」

全員の視線がローガンに向く。

彼はごくりと唾を飲んだ。「えっと……掴まれたのは、うん。でも……俺が驚かせたっていうか。寝てたのを起こそうとして肩を揺すったら、その……反射で?」

「ほらね」私は言った。「誤解」

ウィルソンが喉を詰まらせたような声を出す。「襟首を掴んで持ち上げたのよ! 暴行よ!」

「怪我してない」

「それは関係ない!」

デイヴィスが手を上げた。「いい、もう十分だ。アリア、俺と一緒に職員室へ来い。今すぐだ」

「嫌だ」

言葉は平坦に出た。

デイヴィスの目が細くなる。「何だと?」

「どこにも行かない。このまま座って、授業の時間が終わるまで過ごす」

「そういう仕組みじゃない」

「じゃあ、その仕組みを説明して」私は彼の視線を受け止めた。「私から見れば、ウィルソン先生の教室はもう崩壊してる。半分はスマホいじってるし、後ろのあいつなんて堂々と寝てる。誰も授業なんか聞いてない。でも、私が一回何か起きた瞬間に、急に大事件?」

三列目の誰かが鼻で笑った。咳払いでごまかそうとする。

ウィルソンの顔色が真っ青になり、次いで真っ赤に変わった。

デイヴィスの表情が陰った。「もういい。来い。今すぐだ」

「嫌だ」

「お願いじゃない」

「分かってる」椅子にもたれた。「でも行かない。校長が話したいなら、ここまで来ればいい」

一瞬、誰も動かなかった。

やがてデイヴィスが一歩前へ出た。「立て」

「嫌だ」

さらに一歩。「二度は言わん」

「結構。だって答えは変わらないから」

彼の手が伸び、俺の腕をつかもうとする。

考えるより先に体が動いた。

さっきまで座っていたのに、次の瞬間には立っていた。椅子がガリッと後ろへ擦れ、彼の手は空をつかむ。

「触るな」

声が冷たく出た。氷みたいに、死んだように冷たい。

序列を忘れた群れの連中に向けて使っていた、あの調子だ。

デイヴィスが固まった。顔に何かが走る――驚きか、あるいは気づき。まるで、自分がいま致命的な間違いを犯したと、どこかで理解したみたいに。

だが次の瞬間、顎がきゅっと引き結ばれた。「お前と遊んでいる暇はない」

また手を伸ばしてくる。

俺は横にかわした。

指が袖をつかみ、引っ張った。

そこで、反射的に返した。

手が上がり、彼の手首をつかむ。ひねる。勢いをそのまま利用して体を回し、腕を背中へ押し上げた。滑らかな一連の動きで。

一秒もかからない。

教室が爆発した。

「やべえ!」

「今の見た?!」

「誰か撮ってるよな?!」

デイヴィスがうなり、振りほどこうとする。だが無理だ。

完全に決まっている。角度も圧も完璧。

「やめなさい!」ウィルソンの声が裏返った。「今すぐ離して!」

離さなかった。

頭が別の場所にいたからだ。終わらせ方が、はっきり見える。六通り。

机に頭を叩きつける。頭蓋骨が砕ける。数秒で死ぬ。

腕をあと少し、三インチ上げる。肩の関節が割れ、次に首。二手。無駄がない。

ローガンの机の鉛筆をつかむ。頸動脈に突き立てる。誰かが止めるより先に血が抜ける。

握る力が強まった。

デイヴィスが喉を詰まらせたような声を出す。「や、やめろ……痛い……」

殺せ。見た奴も全員殺せ。出て行け。消えろ。

訓練は自動だった。筋肉が覚えている。

さらに圧をかけようとした、そのとき――

「アリア!」

赤い靄を切り裂くように、ローガンの声が飛んだ。「アリア、やめろ! 痛めつけてる!」

俺の手が震えていた。

「頼む」ローガンが言う。「離して。みんな怖がってる」

顔を上げる。

教室中の生徒が、反対側の壁際に押しつけられるように固まっていた。スマホを構えて撮っているのに、顔は――怯えきっている。心底、怯えきっている。

ウィルソンは椅子に崩れ落ち、紙みたいに真っ白だ。

デイヴィスは荒く息をしながら、まだ逃れようとしている。「どこで……どうやって……」

こいつらは敵じゃない。

高校生だ。教師だ。

戦場じゃない。

ここは教室だ。

俺はいったい、何をしてる?

手を放した。

デイヴィスがよろけて前に倒れ、机に手をついて踏みとどまる。片手で手首を押さえ、かばうように抱えた。こちらを振り向いた顔は、痛みと衝撃が半分ずつ混ざっていた。

「いまのは何だ? どこで覚えた?」

俺は自分の手を見つめた。

小さくて、繊細で、たこもない。傷もない。

この手で、危うく人を殺すところだった。

落ち着け、と心の中で言う。ここはもうお前の世界じゃない。ここのルールは違う。好き勝手に――

「答えろ!」デイヴィスの声が震えた。「どこでそんな戦い方を覚えた?!」

息を吸い、ゆっくり吐く。

「動画サイトで」そう言った。

嘘は簡単だった。自然に口をついて出た。

デイヴィスの顔が赤くなる。「ふざけたこと言うな――」

「デイヴィス先生?」

声は出入り口からだった。

全員が振り向く。

そこに立っていたのは、背が高く、肩幅の広い男。ローズヴィル・ライオンズのレターマンジャケットを着ている。黒い髪、鋭い顔立ち、そして琥珀色の目が、混乱の中心をなぞる――椅子で崩れているウィルソン、手首を押さえるデイヴィス、そして教室の真ん中に立つ俺。

教室が静まり返った。

「いったい何の騒ぎだ?」彼が尋ねた。

そして、この人生では会ったことがないはずなのに、俺は誰だかはっきり分かった。

カイ・マシューズ。

金色の優等生。

アリアが手紙を書いた相手。

学校中の前で彼女を辱めた男。

彼の目が、俺の目に絡みつく。

一秒、互いに動けない。

そのとき、誰かがささやいた。

「やべえ。カイが来た」

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