チャプター 4 *
アンジェリーナ視点
教室が、死人のように静まり返った。
カイ・マシューズが、まるでここが自分の領土だと言わんばかりに出入り口に立っていた。実際、厳密に言えばそうなのだ――少なくとも高校内の序列においては。
彼が誰なのか、私は嫌というほど知っていた。アリアの記憶が、空白を勝手に埋めていく。
十五歳。フットボール部のキャプテン。生徒会長。メドウ・パックのアルファ、マーカス・マシューズの息子。身長は一九〇センチほどで、濃い茶色の髪、琥珀色の目。その目で学校の女子の半分は膝から崩れ落ちるだろう――たぶん。
そして、アリアをあまりにもひどく辱めたせいで、彼女が三日間も学校に来なくなった張本人。
カイは教室の混乱を一瞥した。ウィルソン先生は椅子に崩れ落ち、デイヴィス先生は手首を押さえ、私はその真ん中に立っている。彼の視線が私に落ち、そこから動かなくなった。
「いったい、ここで何が起きてる?」
声に、自然な威圧感がある。人を反射的に背筋を伸ばさせ、黙らせる類いの権威。
私は動かなかった。
「アリアが俺を襲ったんだ!」デイヴィス先生が手首を示して叫ぶ。「あいつ、なんか格闘技でもやってるのか、それとも――あれが何なのかも分からん!」
カイの目が細くなる。「アリア?」
私の名前――アリアの名前――を口にしたその言い方には、露骨な不信が滲んでいた。
そうだ。あの情けないラブレターを書いた子。廊下で目すら合わせられない子。そのアリア。
彼は教室に足を踏み入れた。二人のチームメイトが続く。どちらも大柄で、同じスタジアムジャンパーを羽織っている。
「本当か?」カイはウィルソン先生を見た。
先生は必死にうなずいた。「完全に手に負えません! 最初にローガンに暴力をふるって、それから職員室に行くのを拒否して、デイヴィス先生が連れて行こうとしたら、あの子が――あの子が先生の腕に何かを……」
「私は正当防衛をしただけ」私は遮った。
カイの注意が、ぱっと私に戻る。「正当防衛?」
「先に触ってきたのはそっちよ」
「それは――」デイヴィス先生が言いかける。
「そう」私は平坦に言った。「あなたは私に手を伸ばした。触らないでって言ったのに、勝手に触った」
カイは私を観察した。彼が知っているアリアと、目の前の私を必死に結びつけようとしているのが分かる。
「教師に手を出したんだな」彼はゆっくりと言った。
「先に私に手を出したのは教師のほう」
「世の中そういう仕組みじゃない」
「じゃあ説明して」私は腕を組んだ。「私の目には、ルールって破る人間次第でずいぶん都合よく伸び縮みしてるように見えるけど」
彼の顎が硬くなる。「それ、どういう意味だ?」
「つまり――」私は彼とチームメイトたちを手で示した。「あんたたちが授業に遅れてきても、誰も何も言わない。講義中に携帯をいじってても、先生たちは見て見ぬふり。でも私が一回やらかしたら、いきなり国家案件みたいな騒ぎになるわけ?」
チームメイトの一人が鼻で笑った。「マジで言ってんのか?」
「本気」
カイがもう一歩、前に出る。「お前が俺たちと同列だと思うな」
「なんで?」私は問う。「何がそんなに特別なの?」
彼の目が、ほんの一瞬だけ琥珀に閃いた。狼が覗く。
「そこまで踏み込みたいのか?」声が低く落ちる。
「聞いたでしょ?」
周囲では、他の生徒たちが携帯を構えていた。すべて録画している。
五分もしないうちに、これが全部、拡散される。
ウィルソン先生がふらふらと立ち上がった。「アリア、もうそれ以上は――」
「いい」カイが片手を上げ、先生の言葉を切った。視線は一度も私から外れない。「話させろ。聞きたい」
声に、挑発がはっきりと混じっていた。
私が引くと思っているのだ。謝って、序列を思い出して、頭を下げると。
アリアならそうしただろう。今ごろ泣いていたかもしれない。
でも私は、アリアじゃない。
「入ってきて勝手に仕切れると思ってるの?」私は言った。「自分が偉いみたいに?」
「俺が仕切る」彼はそれを事実として言った。空が青いのと同じみたいに。「俺は生徒会長だ。この学校の秩序を保つ責任がある」
「ふざけんな」
その言葉は、平手打ちみたいに教室に響いた。
ウィルソン先生が息を呑む。「アリア・スターリング!」
私は無視した。「責任感で来たんじゃない。権力ごっこが好きなだけでしょ」
カイの表情が陰った。「口の利き方に気をつけろ」
「じゃなきゃ、何?」
彼は速かった。二歩で距離を詰め、その身長を使って私の上に影を落とす。
古典的な威圧。
「敬意ってものを学べ」彼は静かに言った。
「そっちこそ、下がって」
私は動かない。瞬きもしない。ただ、真っすぐに見上げる。
琥珀の目がわずかに見開かれた。何が起きているのか、信じられないというふうに。
教室全体が息を止めた。
「アリア……」ローガンの声が震えた。「たぶん、やめたほうが――」
「口出しするな」カイが吐き捨てた。私から目を逸らさないまま。
来た。空気の圧力。アルファの気配。
彼はそれを私に押しつけてきた。全力ではない――ここは教室だ――だが、言いたいことは十分伝わる程度には。
普通なら、身体が反応するはずだ。視線を落としたくなる。喉元を晒し、服従を示したくなる。
なのに、何も感じない。
私は、彼が夢見ることすらできないほど強いアルファだったのだから。
「下がれって言った」私は繰り返した。
彼の顎がぎりっと鳴る。「間違ってるぞ」
「ここで唯一の間違いは、あんたがそのちっぽけな力比べで私が感心すると思い込んでること」
チームメイトの一人がにじり寄った。「おい、こいつ自分のこと何様だと思ってんだ?」
「あなたたちのくだらない横暴にうんざりしてる人間よ」私はカイから目を離さず言った。「それと、あと三秒以内に私の顔の前から消えないなら、面倒なことになると思う」
教室がざわっと囁きで沸いた。
「やば……」
「正気じゃない……」
「終わった……誰かがボコられる……」
カイがさらに身を乗り出した。琥珀の瞳に散る金の斑点まで見える距離。
「俺を脅すな」彼は柔らかく言った。「忠告だ」
「脅しじゃない。事実を言っただけだ」
しばらくのあいだ、私たちのどちらも動かなかった。
そのとき――
「くそっ!」
叫び声が教室の後ろから上がった。
全員が振り向く。
バンドTシャツを着た痩せっぽちの少年が、痛みに顔を歪めながら手を必死に振っていた。
「なんだよこれ?」彼は手のひらを見つめた。赤い。もう水ぶくれができはじめている。「なんかに焼かれた!」
彼は身をかがめ、机の下に手を伸ばした。
立ち上がったとき、彼の手には黒っぽいものがあった。握りこぶしくらいの大きさで、古びた布のようなものに包まれている。
心臓が止まった。
私はそれを、骨の髄まで知っていた。
「ここに何かあるぞ」少年はそう言いながら包みをほどいた。「石みたいな――いてっ! くそっ!」
彼はそれを取り落とした。布がほどける。
そして、そこにあった。
血狼の牙のペンダント。
ヨットが爆発したとき、私の首にかかっていたもの。太平洋へ沈んでいく私の胸元で、赤い光を脈打たせていたもの。私をここへ連れてきたもの。
重たい鈍い音を立てて床に落ちた。教室の反対側からでも、熱を放っているのが見て取れる。周囲のリノリウムが薄く煙を上げはじめていた。
「なに、あれ……?」誰かが囁いた。
少年はシャツの裾で縁をつまむようにして持ち上げ、顔をしかめる。「わかんねえけど、地獄みたいに熱い。マジで、やばいくらい」
彼は窓のほうへ歩き出した。「こんな呪われたクソ、捨て――」
「待っ――」私は声を上げた。
だが、彼はもう窓を開けていた。
「やめ――」
投げた。
ペンダントは三階の窓から、完璧な放物線を描いて飛び出した。
頭が追いつく前に体が動いた。
私はカイを押しのけた――彼は驚いてよろめく――そして窓へ向かって全力で走った。
「アリア!」ウィルソン先生が悲鳴を上げる。「あなた、何を――」
考えなかった。ためらわなかった。この身体が十五歳で、鍛えてもおらず、弱いことなんて――考慮しなかった。
ただ、跳んだ。
世界がスローモーションになる。
三階。九メートルあまり。
風が耳元を切り裂くように吹き抜ける。下では、ペンダントが芝生へ向かって落ちていき、くるくると回転していた。
前の私の身体なら、こんなこと造作もない。だが、この身体は――
今さら悩んでも遅い。
空中で身をひねり、膝を抱え込むようにして衝撃に備えた。
地面が一気に迫る。
芝生に叩きつけられ、私は転がった。勢いを流すように前へ。衝撃が背骨を駆け上がるのを感じたが、折れない。裂けない。
膝をつき、地面を見回す。
あった。
ペンダントは十フィートほど先に落ちていた。
私はもつれるように駆け寄り、両手でつかんだ。
皮膚が触れた瞬間、熱がすっと引いた。こびりついていた汚れと泥が溶けるように消え、下から血のように赤い狼の牙が姿を現した。
私は指を握り込み、立ち上がった。
頭上、教室の窓から悲鳴が噴き出した。
顔を上げる。
ウィルソン先生のクラスの全員が、ガラスに張りついていた。口を開けたまま、目を見開いて。
ウィルソン先生は両手で口を覆っている。
デイヴィス先生は凍りついたように立ち尽くし、電話を耳に当てかけたまま。
ローガンは身を乗り出しすぎて、今にも窓から落ちそうだった。
そしてカイ――
カイは、幽霊でも見たような目で私を見つめていた。
「なんてこと……!」ウィルソン先生の叫び声が下まで届く。「なんてこと、なんてこと――!」
廊下を駆ける足音がどんどん近づく。誰かが走っている。
教師と生徒が建物から押し寄せてくるまで、せいぜい三十秒。
私は革ひもを頭から通し、首にかけた。ペンダントは胸の上に落ち着く。そこが、あるべき場所だった。
建物の扉が乱暴に開いた。
ウィルソン先生が飛び出してくる。すぐ後ろにデイヴィス先生。続いてカイとチームメイトたち。ローガン。そしてクラスの半分。
三十秒も経たないうちに、私は二十人ほどに取り囲まれていた。まるで私が奇跡でも起こしたかのように、全員が目を見張っている。
「どう――」ウィルソン先生の顔色は真っ赤から真っ白に変わっていた。今にも気を失いそうだ。「どうして……あなた、いま――三階から――」
「大丈夫です」私は言った。
「大丈夫なわけがないでしょう!」先生は私の肩をつかみ、怪我がないか確かめる。「三階の窓から跳んだのよ! 骨が折れててもおかしくない! 内出血だって! あなた――」
「柔らかいところに落ちました」嘘は簡単に出てきた。「芝生とか……えっと、わかりませんけど。平気です」
「あり得ない」デイヴィス先生が言った。今はもう電話を手にしていて、救急車を呼ぶべきか警察に連絡すべきか迷っている顔だ。「あんな落ち方で、何事もなく歩いていられる人間なんて――」
「でも、私はこうして」私は一歩引き、ウィルソン先生の手から離れた。「ほら。かすり傷ひとつない」
ローガンが前へ出てきた。「マジで何なんだよ、アリア?」
カイは動かなかった。まだ扉のそばに立ったまま、琥珀色の瞳を私に固定している。
表情が変わっていた。あの傲慢さは消え、ただ困惑だけが残っている。
ウィルソン先生が喉を詰まらせたような声を出した。「お母さんに電話する。今すぐ。これは――これはもう――私、どうしたら――」
先生は慌ててスマホを探った。
周囲では、他の生徒たちもスマホを構えていた。撮影。写真。メッセージ。
ウィルソン先生の電話がつながる。「スターリングさん? ローズヴィル高校のウィルソンです。アリアさんのことで……ええ、事故がありまして。いいえ、彼女は――見たところ大丈夫なのですが――はい、すぐに学校へ来てください。事故があって――いいえ、窓から跳びました――ええ、窓です――三階から――私もどう説明すればいいか……とにかく、学校へ。今すぐ」
先生は通話を切り、目をぎらつかせて私を見た。
「職員室へ行きます。今すぐ。そしてお母さんが来るまで、そこから一歩も出ないこと」
「わかりました」
私は建物へ向かって歩き出した。
ウィルソン先生とデイヴィス先生がぴったり後ろについてくる。もう窓から跳ばないよう見張るつもりだろう。
背後で、ささやきが広がっていくのが聞こえた。
「見た?」
「誰だよ、あの子」
「先週までのアリアと違くない?」
そう。違う。
そして彼らは、これからどれほど何もかもが変わっていくのか、まだ知らない。
