第三章 松涛へ、夜の封鎖
飛行機が上昇すると、機内が静かになった。
蒼介は書類を取り出し、目を落とした。一行も頭に入らなかった。
何か言おうとして、止まった。二十年分の後悔を言葉にしたところで、それは彼女への重荷になるだけだ。口を閉じ、また書類に視線を戻した。
「お兄さん。」
一葉が口を開いた。
蒼介は顔を上げた。
お兄さん、と呼んだ。声は平静で、特別な感情はなく、ただの呼びかけのようだった。でも蒼介の耳に届いた瞬間、一秒、反応が遅れた。指が肘掛けの上でかすかに止まった。
「松涛って、どんなところですか。」
蒼介は心を落ち着け、静かに答えた。「古い木が多い。真夏でも木陰が深くて、歩いていると涼しい。」
少し間を置いて、優しく付け加えた。「あなたの部屋は東側。朝、陽が差し込む。」
一葉は何も言わなかった。
窓から視線を戻し、膝の上の手を見た。
手の甲に、いくつかの古い傷跡があった。熱傷の跡で、すっかり薄くなり、淡い線になっていた。
蒼介の視線も、そこへ落ちた。
しばらく見て、視線を外した。
あの傷跡がどうしてできたのか聞きたかった。でも聞かなかった。
答えを受け止める自信がなかった。
バッグを閉じ、隣の座席に置いた。書類を読むふりはやめた。
二人とも、口を開かなかった。
でも沈黙の質が、乗り込んだときとは変わっていた。
飛行機は静かに着陸した。
駐機場には夜の闇が沈み、黒いセンチュリーがすでに静かに待機していた。ライトは消され、厳粛で控えめだった。
車は東京市街へ入り、順調に進んだ。港区の幹線道路に差し掛かると、車の流れが突然止まった。
前方の夜空が赤と青の警告灯に引き裂かれ、幾重にも封鎖が道路全体を覆い、通行を完全に遮断していた。
「状況を確認してきてください。」蒼介が低く指示した。
運転手はすぐに車を降りて確認に向かった。車内には静寂だけが残った。
一葉はシートに背を預け、窓の外で交互に光る影を淡々と見つめていた。表情は穏やかで波ひとつなかった。
しばらくして、運転手が低い声で戻って報告した。「港区で大物の方が急病で倒れられたとのことです。病状は危篤、全域が緊急封鎖されています。ご一族が全市で名医を募っておられますが、今のところ病状を安定させられる方がいないそうで。」
「どちらのお宅ですか。」
「鷹司家です。」
蒼介の瞳が僅かに沈んだ。
水無瀬家と鷹司家の間には、言葉にしにくい縁がある。先代の話で、彼が知っているのは僅かだったが、その名は知っていた。
東京で、この名を知らない者はいない。
携帯を取り出し、ある番号の上で指を止めた。かけようとした。
傍らで、一葉の声が静かに響いた。「症状は何ですか。」
「急病で、進行が極めて速く、現場の救急チームが手を尽くせない状態だそうです。」運転手は首を振った。
一葉は黙って手を上げ、ショルダーバッグを膝の上に移し、確信に満ちた静かな声で言った。「見てきます。」
蒼介は動きを止め、彼女を見た。「鷹司家の地位をご存知ですか。安易に関わるのは極めて危険です。」
「家柄は関係ありません。病状だけです。」
彼女は目を上げて彼の視線を受け止めた。試すようでも、甘く見ているわけでもなく、慎重な「やってみます」ではなく、すでに状況を把握し、自身の能力を確認した上での確固たる宣言だった。
青白い警告灯が繰り返し彼女の冷静で淡々とした眉間に映り、いっそう落ち着いて透明に見えた。
蒼介はしばらく彼女を見つめ、ゆっくりと携帯をしまい、低く命じた。「警察車両について行ってください。」
車はゆっくりと車列を抜け、第三警戒線の手前で完全に停止した。
前方は厳重な警戒態勢で、路肩には黒いリムジンが斜めに停まり、ドアは大きく開いていた。数名の黒服の随行員が厳粛に立ち、誰も言葉を発さず、雰囲気は抑圧され緊迫していた。
少し先には、改造された白いワンボックス型の救急車が特に目立っていた。制式救急車ではなかったが、最高級の救急設備一式が揃い、照明は雪のように明るく、超一流家門専用の臨時救急現場だった。
夜風が海面の塩辛い涼しさを運び、人を微かに震わせた。
一葉はバッグの肩紐を整え、素早く救急車内を一瞥した。開け放たれた車のドア越しに、モニター画面に跳ねる緑の光の波形が見えた。起伏は微弱で、危機的だった。
彼女は足を止めず、まっすぐ前へ進んだ。
二名の警備がすぐに前に出て遮った。表情は警戒していた。
蒼介が名刺を差し出して確認させると、相手は内部に低く報告した後、身を引いた。「水無瀬様、どうぞ。現場には権威ある医師が処置されております。救急の妨げにならぬようお願いします。」
蒼介は何も言わず、足を進めた。一葉がすぐ後に続いた。
救急車内には、白髪の老人がストレッチャーに横たわり、顔色は紙のように灰白く、唇は青紫色、呼吸は浅く微弱で、生命徴候は衰弱の淵にあった。
車の前に白衣の老人が立っていた。白髪交じり、金縁眼鏡、威厳ある気配を自ら放っていた。
東大附属病院心肺科部長——奥村隆司、三十年の臨床を重ね、業界公認の心肺の権威だった。
随行員は明らかに安堵した口調で、低く紹介した。「奥村先生は、私どもが一晩かけてお願いした最高の専門家でいらっしゃいます。」
奥村は淡く頷いて応え、落ち着いた口調で助手に指示した。「現在の酸素投与プランを維持し、搬送車の到着を待って、直ちに本院へ送ってください。」
皆がこのプランは安全だと黙認したその時、冷ややかな女性の声が突然響いた。「酸素濃度が高すぎます。」
車内は一瞬静まり返り、全ての視線が一斉に一葉に落ちた。
彼女は濃い色のワンピース、白衣もなく、いかなる医療資格の標識もなく、普通の無関係な傍観者のように見えた。しかし今、最高の専門家のプランを率直に疑問視していた。
奥村は眉をわずかに寄せ、振り返って彼女を見た。口調には幾分かの吟味があった。「お嬢さん、どちらの病院のご出身ですか。」
一葉はこの問いに答えなかった。二歩近づいた。「患者様は単なる呼吸不全に見えますが、実は心臓がすでに過負荷です。このまま酸素を上げ続ければ、心不全を悪化させ、病状を加速させるだけです。」
「あなたの判断根拠は何ですか。」奥村の口調に鋭さが加わった。長年の権威者としての自負があった。
「機器の生体徴候がすでにシグナルを出しています。」一葉は簡潔に答えた。
奥村は画面上のあの異常な波動を見ていないわけではなかった。ただ、今の条件では多くの検査ができず、患者の目の前で最も直観的なのは呼吸困難だった。彼の長年の経験では、まず酸素供給を安定させ、できるだけ早く大病院に送るのが、今の最も安全な選択だった。
傍らの随行責任者・桑田が同行者と低く囁き、困惑に満ちていた。「見たところ若いのに、奥村先生に疑問を呈するとは……」
車内は狭く、細かい話し声も全て明瞭に聞こえた。
一葉は聞こえていたが、振り返らなかった。
奥村はもう彼女を相手にせず、確認した。「搬送車はあとどれくらいで到着しますか。」
「約十五分です。」
居合わせた人々は少し安堵した。彼らにとって、権威ある医師が坐鎮している以上、搬送まで持ちこたえれば万全だと思えた。
しかし次の瞬間——
耳障りな急激な機器の警報音が突然炸裂した!
