第五章 港区の夜

誰も口を開かなかった。

誰も動かなかった。

銀桔梗研究所——日本の医療と生命科学分野における最高権威機関。その通行証を持つ者は全国で二十人に満たない。これほどの重みを持つのは、ただ一つの理由による。背後に立つのが、千金を積んでも一薬を得難いと言われる神医、御影だからだ。

奥村の眼鏡ケースが手から滑り落ち、車内の床に落ちた。誰も拾いに行かなかった。

桑田が半歩後ずさった——誰かに押されたわけではない。自分で退いたのだ。足元が定まらないように。

入口に立つ蒼介は動かなかった。ただ千世から視線を外し、一葉の背中に視線を戻して、しばらくそこに留めていた。

清那は眉をひそめた。

奥村の反応も、桑田の反応も見ていた——だが、この二人がどうしてしまったのか、清那には分からなかった。

黒地に銀の紋章が入ったあの証明書を、清那はちらりと見た。何のものか、分からなかった。

ただ一つだけ分かることがあった。さっき口にした言葉——桑田の顔色を変えるほどのあの名前が、今も宙に浮いたまま、誰にも拾われていないということだ。

誰も応じなかった。

全員の注意が清那を素通りして、その見知らぬ女に注がれていた。

清那は口を開きかけた。さっきの言葉の続きを言おうとした。だが桑田でさえ、もう清那の話を聞いていなかった。

こんな感覚は、初めてだった。

千世は一葉の傍らに立ち、表情は静かだった。この呼び方を何度も口にしてきたかのように、ここに立つのが当然であるかのように。

「連絡を受けてすぐ来ました」と千世は続けた。「何が必要ですか。」

一葉はデータを渡しながら、振り返らなかった。「心電図の波形をここから追って。五分ごとに記録。」

「分かりました。」千世はデータを受け取り、操作を始めた。

二人の間にはすぐに、外からは割り込みにくいリズムが生まれた——千世が数値を読み上げると、一葉の手がすかさず動く。間に空白はなく、まるで一人の人間の両手のようだった。

清那が一歩前に出て、また口を開こうとした。

桑田が小声で制した。「清那お嬢様、少し手狭になっておりますので……」

清那は足を止めた。視線が千世の胸元の徽章に落ち、一瞬止まって、また外れた。それから桑田の顔へ、奥村の顔へと移った。二人の表情はどこか変わっていて、清那には読み取れない何かになっていた。

清那はそれ以上口を開かず、踵を返して車内から出た。


港区の海から夜風が吹いてきて、潮の匂いを運んできた。

清那はワゴン車の傍らに立ち、桑田が後に続いて隣に立った。

「桑田さん、あの徽章は何ですか。」

桑田はしばらく考えてから口を開いた。「銀桔梗研究所です……医療と研究の分野において、非常に——」

「それで?」清那が遮った。「あの徽章があれば、鷹司家の許可なく祖父の処置をしてもいいということですか。」

桑田は口を開きかけて、言葉が出なかった。

清那は蒼介に向き直った。「水無瀬さん。あの方を連れてきたのはあなたですね。」

蒼介は車体に背を預けたまま、清那を一秒見て、また視線をガラス窓に戻した。口は開かなかった。

清那は桑田に向き直り、声が少し高くなるのを抑えられなかった。「私は鷹司家の人間としてお願いしているんです。はっきり確認が取れるまで、処置を一時停止していただけますか。」

ワゴン車の側面ドアが少し開いて、千世が顔を出した。普段より少し速い口調で言った。「先生は今、処置の最も重要な段階にいます。妨げないでください。」

清那は千世を無視して、桑田に向き直った。「あれがあれば、鷹司家の確認なしに処置できるんですか。」

桑田の視線が二人の間を行き来した。口を開きかけて、やはり言葉が出なかった。

千世は側面ドアをまた閉めた。

清那は再び桑田に向いた。「暁弦様がいらっしゃるまで、処置を一時停止していただけますか。」

「血圧が持ちません。」蒼介が車の傍らから口を開いた。声は低かったが、はっきりしていた。「搬送もできない。今止めたら死にます。」

清那は蒼介の方を向いた。

言葉の意味は分かった。祖父のことを気にかけていないわけではない。だが、理解することと受け入れることの間には、清那には越えられない何かがあった。

清那はそれ以上何も言わなかった。


警光灯の青白い光がワゴン車の車体に当たり、明滅していた。

ガラス窓の向こうで、一葉の背中はずっと動かなかった。両手は輸液ポンプのコントロールパネルの上で操作を続けていた。

千世は一葉の左側に立って記録を取り、一定の間隔で数値を読み上げるたびに、一葉の手がすぐに調整を加えた。

モニターが突然異常な通知音を発した。警報ではなく、信号が干渉を受けたときに特有のノイズで、波形が細かく乱れ始めた。

「奥村さん。車の外の左側に外部電源の接続ボックスがあります。一番上の補助信号線を——抜いてください。救急車の無線信号と干渉しています。」

一葉の声がガラス越しにかすかに聞こえてきた。両手はパネルの上で動き続け、止まらなかった。振り返りもしなかった。

奥村はワゴン車の左側に回り、接続ボックスを見つけ、信号ランプが不規則に点滅しているその線を抜いた。

モニターのノイズが消え、波形が再び安定した。

奥村は抜いた線を一度見て、手に握ったまま、ガラス窓の傍らに戻って立った。眼鏡を押し上げて、それ以上何も言わなかった。

桑田がガラスに顔を近づけ、声を落とした。「……手、止まってないよな。」

「止まってない。ずっと止まってない。」

清那もガラス窓の前に立って、一部始終を見ていた。あの手は止まらなかった。あの人は同時に、車外の奥村に信号干渉の対処を指示し、同時に千世に別の確認指示を出していた。三つのことを、同時に。

清那は何も言わなかった。


モニターの心拍数がゆっくりと九十七まで下がり、血圧の波形が再び安定した。

一葉はモニターを一度確認し、輸液ポンプのパラメータを一度確認して、口を開いた。「搬送できます。」

ワゴン車の側面ドアが開き、千世が先に出てきて、一葉が続いて出てきた。手袋を外した。

一葉はすぐには立ち去らず、千世の方に向き直り、速くはない口調で、だが三つのことをほぼ重ねるように言い終えた。「最低四時間は観察してください。収縮期血圧が八十五を下回ったらすぐ連絡を。搬送先の病院に循環器科の当直医がいるか、今確認しておいてください。それから——さっきの利尿剤、次の投与は三時間空けること。早めると腎臓への負担が大きくなります。」

千世は聞きながら記録を取り、頷いた。「分かりました。」

一葉は手袋をまとめて、踵を返して立ち去ろうとした。

清那がその前に立ちはだかり、退かなかった。

「少々お待ちください。」

一葉は足を止め、清那を見た。

清那の声は先ほどより張り詰めていた。ようやく立てる場所を見つけたかのように。「今あなたは三つのことを同時に指示しました。観察のこと、搬送先のこと、投薬のこと。本当に一つ一つ正確に判断できると言い切れますか。もし一つでも間違っていたら、誰が責任を取るんですか。あなたはまだここを離れるべきではありません。」

一葉は清那を見つめ、すぐには口を開かなかった。

その表情に、ごくかすかな疲労が浮かんで、また消えた。

蒼介が横から歩いてきて、二人の間に直接割り込んだ。口調は隠しようのなく苛立っていた。「やるべきことは全部やった。あとは病院がすることだ。行くぞ。」

清那が一歩前に出て、塞いだ。「行かせるわけにはいきません。責任を取れる方がいらっしゃるまで、ここにいていただかなければ。」

蒼介の表情が険しくなり、二人の声が同時に少し上がった。車の傍らの空気が一気に張り詰めた。

一葉は二人の間に立ったまま、何も言わず、ただ二人を見ていた。


足音が道の向こうから聞こえてきた。

速くもなく、遅くもなかった。一歩ごとに地面を踏む音が、強調するまでもない重みを帯びていた。

周囲で話していた声が次々と止まった。何かが聞こえたからではなく、何かを感じ取ったからだ。車の傍らにいた人たちが道を開け始めた。誰の指示もなく、誰かと目配せしたわけでもなく、ただあの方向の気圧が変わり、沈み込み、押し寄せてきて、体の中の何かが先に反応した——邪魔をするな、と。

黒いロングコート、襟元は留めていない。裾が歩くたびにごくわずかに揺れた。

警光灯の青白い光が横から流れてきて、まず照らし出したのは眉骨の輪郭——硬く、鮮明だった。次いで目が見えた。沈んでいて、冷たくはない。目の前のすべての状況をすでに計算し終えていて、だから眉一つ動かす必要もない、そういう目だった。

先頭を歩いていた。歩幅は一定で、速めず、止まらず、両側に従う人影は息を潜めていた。引き立て役のようでもあり、余分なもののようでもあった。

周囲の全員の視線が彼とともに動いた。誰一人口を開かず、車の傍らに漂っていたあの張り詰めた気配は、落ち着く場所を失ったように、ただ少しずつ散っていった。

鷹司暁弦だった。

鷹司財閥の当主。

来た。

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