第七十一章 茶水間のこと

午前九時を少し過ぎた頃、一葉はエレベーターを降り、大堂を抜けて社長室へ向かおうとした。

受付の視線が一瞬彼女の上で止まり、すぐに下を向いた。

警備員が入口に立ち、いつもより背筋を伸ばして、視線を大堂右手の休憩エリアへちらりと向け、またすぐに戻した。

一葉はその方向を見た。

神谷啓吾が休憩エリアの一人掛けソファに座っていた。スーツはきちんと整い、ネクタイの結び目も乱れていない。手元には湯気の立つコーヒーカップが置かれている。

立ち上がりもせず、ただ一葉の視線が向いた瞬間、わずかに顎を上げ、口元にかすかな弧を描いた。笑みではなく、もっと軽い何かだった。

「社長、」彼の声は小さく、ちょう...

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