第七十二章 芦川家

廊下に、急ぎ足の音が響いた。

宮下遥が開発部の方向から小走りで来て、一葉の前で足を止めた。息が少し乱れていた。

手には何も持っていない。急いで来たのだろう、まるで咄嗟に決めたような様子だった。

「社長、千夏が——」少し間を置いて、「さっき電話を受けて、顔色がひどく悪くなって、電話を切るなり鞄を持って出て行ってしまいました。外套も持たずに。追いかけて呼び止めたんですが、大丈夫だから来なくていいって言って……そのまま行ってしまいました。」

宮下遥は顔を上げて一葉を見た。その目には心配の色と、わずかな迷いがあった。「様子がおかしい、と思って。」

一葉はすぐには答えず、宮下遥の顔に視線を止め...

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