第87章

一ノ瀬家の本邸に、一ノ瀬源造の威厳ある声が響き渡った。

「なんだと? 逃げられただと!」

祖父は怒りで目を吊り上げ、孫である一ノ瀬律を不満げに睨みつけた。

「あれほどの男を、お前が手元に置いておきながら逃がしたというのか」

言えば言うほど腹が立つのか、源造は律がこの件を全く真面目に捉えていないと感じていた。

「人手が足りなかったとでも言うつもりか」

一ノ瀬律は伏し目がちに茶を一口すすり、傍らにいる相沢千尋へさりげなく視線を流しただけで、何も答えなかった。

相沢千尋は珍しく後ろめたさを感じていた。男を逃がしたのは彼女自身なのに、今その責任を律が被らされているのだ。

「ああいう手...

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