第116章 実験室に戻れない

西園寺琴音は辞退しきれず、スーツのジャケットを胸元でかき合わせると、小声で礼を言った。

「……ありがとうございます」

言いながら、彼女の視線は目の前の入院病棟の看板へと落ちる。その瞳には、深い悲哀が滲んでいた。

「もしあなたがいてくださらなかったら、私は……」

後の言葉は続かず、彼女はただ疲労の色を濃くして首を横に振った。

蒼白で脆げな彼女の横顔を見つめ、稲崎秀信は胸が締めつけられる思いがした。

「礼ならもういい。君の力になれて、俺も嬉しいんだ」

彼は周囲を見回した。正午とはいえ、西園寺琴音の衰弱しきった様子では、これ以上外にいるのは得策ではない。

「今の君が一人で帰るのは不...

ログインして続きを読む