第169章 彼女は逃げ出した

天井の隅、ベッドの頭上が正面に見える位置、果ては洗面所の鏡の上まで——至る所で赤い光点が明滅していた。

まるで羽を毟り取られた鳥だ。ガラスの箱に閉じ込められ、衆目に晒されている。

西園寺琴音は一日の大半を、ベッドの隅で膝を抱えて過ごしていた。顔を膝に埋めるその姿は、見知らぬ環境に怯える記憶喪失者のそれに見えたことだろう。

だが、誰も知らない。乱れた長い髪の隙間から覗くその瞳には、一点の曇りもない理性の光が宿っていることを。

記憶喪失など、真っ赤な嘘だ。

あの母親が倒れる瞬間を目撃した際、凄まじい衝撃で意識が飛んだのは事実だ。

だが、強烈な生存本能が、彼女を無理やり現実へと引き戻し...

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