第91章

「何か……見えたの?」

篠原小雨がふっと言葉を切り、瞳の奥に薄い驚きが浮かんだ。

――まさか、目黒千音。思い出しかけてる?

目黒千音は力なく首を振る。

「分からない。ぐちゃぐちゃで……火事みたいに燃えてて、どこまでも広い海があって。それと、男の人の声。言葉も途切れ途切れで、よく聞き取れなかった」

それを聞いた篠原小雨は、ひとまず安堵の息をつく。けれどすぐに、眉間にかすかな影が落ちた。

千音が“あのこと”を思い出すのも怖い。

でも、何もかも忘れてしまうのも――それはそれで怖い。

小雨は千音の手の甲をぽんぽんと叩き、落ち着かせるように言う。

「千音、考えすぎないで。酒井恒ってい...

ログインして続きを読む