第2章

良太がようやく立ち去る。でも、その歩き方が、私の記憶の何かを呼び覚ます。あの慎重で、思慮深い足取り。一歩一歩を確かめるような。

この歩き方、見覚えがある。

五年前、桜庭料理学院。調理実習の初日。

私は塵一つない台所に立っていた。周りには、いかにも場に馴染んでいるといった様子の生徒が三十人。鋭いナイフが煌めき、まな板は完璧に整列している。空気中には、新鮮なハーブと可能性の匂いが満ちていた。

そして私。外科医みたいに、薄いニトリル手袋をはめて。

「今日は生パスタを作る」佐藤先生の声が、緊張したおしゃべりを切り裂いた。「一からだ。機械も近道もなし。本物の料理とは、生地を感じることだ」

胃がずしりと重くなった。

「その手、どうしたの?」高橋心優が、クラスの半分に聞こえるくらい大きな声で尋ねた。

私は目の前の小麦粉の山に集中した。「ちょっと、体質で」

「どんな体質?」

佐藤先生が、嵐雲のように私の背後に現れた。「冬木さん、私の台所では、素手で調理する。食材の質感、温度、出来具合を感じ取るんだ」

全員の視線が私に突き刺さった。三十人の未来のシェフたちが、食材にすら触れられない少女を見つめている。

「自分が作るものに触れもせずに、どうやってシェフになるつもりだ」佐藤先生は続けた。

消えてしまいたかった。家に逃げ帰って、二度と出てきたくなかった。

その時、彼に気づいた。

椎名良太。背が高くて、自信に満ちていて、誰もがすぐに好きになってしまうような屈託のない笑顔を浮かべている。彼は割り当てられたパートナーと作業するはずなのに、代わりに私を見ていた。

「先生」良太の声は丁寧だが、毅然としていた。「歴史上、偉大なシェフの中には、困難を乗り越えるために独自のやり方を見つけた人たちもいます。僕たちは方法論ではなく、結果に集中すべきではないでしょうか」

佐藤先生は片眉を上げた。「ほう?」

「今日は僕が幸帆さんと組ませていただきます」良太は続けた。「僕たち二人で何を作り出せるか、お見せします」

私は彼を見つめた。クラスの誰とでも組めたはずの、この素敵で人気者の男の子を。

「どうして?」と私は囁いた。

彼は微笑んだ。「君が、俺に料理について知らなかった何かを教えてくれる気がするから」

パスタの授業は散々だった。手袋越しでは生地の感触がうまく掴めない。ちょうどいい固さになったかどうかも分からない。他の皆のパスタは完璧に見えるのに、私のは分厚くて不揃いな麺になってしまった。

「みっともない」高橋心優が私たちの作業台のそばを通り過ぎながら呟いた。

私は逃げ出した。

気づけば備品庫に隠れて、業務用のトマト缶や小麦粉の袋に囲まれていた。泣かないようにしていたけれど、まったくうまくいかなかった。

ドアが開き、良太が滑り込んできて、背後でドアを閉めた。

「よう」彼は優しく言った。「大丈夫か?」

「大丈夫」私は手袋をはめた手の甲で顔を拭った。「ちょっと空気が吸いたかっただけ」

「物置で?」

いろいろあったけれど、思わず笑みがこぼれそうになった。「静かだから」

彼は私の向かいにある米袋の上に腰を下ろした。「手袋のこと、話してくれるか?」

来た――そう思った。質問攻め、軽蔑、そして私が壊れていると彼が気づく、避けられない瞬間。

「感覚の処理がうまくできないの」私は早口で言った。「特定の質感にパニックになっちゃう。生肉とか、ベタつくソースとか、ぬるぬるしたものとか……」

私は言葉を切った。彼が笑ったり、立ち去るための言い訳をしたりするのを待った。

代わりに、彼は身を乗り出した。「それ、痛いのか?」

その質問は不意打ちだった。「え?」

「そういうものに触ると……本当に痛むのか?」

そんなことを聞いてくれた人は、今まで誰もいなかった。

「うん。なんていうか……神経の末端が全部、叫んでるみたいで。考えることもできなくなって、息もできなくなる」

良太はゆっくりと頷いた。「そっか。じゃあ、それを回避する方法を考えよう」

「回避する方法を考えるなんてできないよ。これは治せるようなものじゃない」

「治すなんて言ってない。回避するって言ったんだ」彼は立ち上がり、手を差し伸べた。「おいで。ちょっと試してみよう」

台所に戻ると、ほとんどの生徒はもう帰っていた。良太は私をきれいな作業台に連れて行き、バッグからバンダナを取り出した。

「目を閉じて」と彼は言った。

「え?」

「信じて。目を閉じるんだ」

言われた通りにすると、柔らかい布が目隠しのように顔に落ち着くのを感じた。

「さあ」良太の声が耳元でした。「何の匂いがするか教えて」

私は息を吸い込んだ。「バジル。ニンニク。何か甘いもの……蜂蜜?」

「いいぞ。他には?」

もっと集中した。「イースト。パン焼き場の。それと……バニラエッセンス」

「すごいな」声に笑みが混じっているのが分かった。「普通、一度に一つか二つの匂いしか分からないもんだ。君は今、五つも挙げた」

彼は私の手をいろいろな食材に導いた。匂いだけで、それから彼が刻んだり混ぜたりする音だけで、それが何かを当てさせた。

「君の他の感覚はすごいよ」と彼は言った。「俺のよりずっと鋭い」

その日初めて、自分が壊れているなんて感じなかった。

「一緒に何か作ってみないか?」良太が尋ねた。「君が触れないものは俺がやる。それ以外は全部、君が担当するんだ」

私たちはカルボナーラを作った。良太が生卵とベーコンを扱い、私はパスタを茹でるお湯やタイミング、味付けに集中した。彼が私に食感を説明し、私が彼にどの材料をいつ加えるべきか的確に指示した。

「よし」彼が作ったソースを味見して、私は言った。「あと胡椒をほんのひとつまみだけ」

「本当に?」

「信じて」

彼は従った。そして、完成品を二人で味わった時、彼の目が見開かれた。

「すげえ……」彼は息をのんだ。「今まで作った中で最高のカルボナーラだ」

「言葉遣いだ、椎名さん」佐藤先生が私たちの隣に現れた。

私たちは二人とも凍りついた。佐藤先生はずっと見ていたのだ。

彼は私たちのパスタを一口食べ、思慮深げに咀嚼した。「面白い技術だ。型破りだが……」彼は言葉を区切った。「有効だな」

佐藤先生が立ち去った後、良太は今まで見た中で一番の笑顔で私に向き直った。

「な?」と彼は言った。「君が変わる必要なんてない。世界の方が、君に合わせるべきなんだ」

その時、彼はやってしまった。無意識に私の手に手を伸ばしたのだ。

私はとっさに身を引いた。すると彼の表情が曇った。ほんの一瞬、彼の顔に傷ついた色がよぎるのが見えた。

「ごめん」彼は静かに言った。「忘れてた」

あの表情は、決して忘れられない。

傷ついた、けれどすぐに理解の色に取って代わられた表情。彼は無理強いしなかった。押し付けもしなかった。ただ静かに、「大丈夫。ゆっくりいこう」と言ってくれた。

その時、私は彼に恋をしているのだと悟った。

残念ながら、愛がすべてを解決してくれるわけではなかったけれど。

半年後、彼が私を家族に会わせるために連れて行ってくれた時、愛だけではどれほど不十分なのかを、私は思い知ることになった。

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