第1章

 私が出産したあと、ヴィクターは屋敷の門に看板を立てた。「子を産むだけの女とエレナ出入り禁止」って。

 あの日、助産師がへその緒を切ったその瞬間、ヴィクターは赤ちゃんを彼女の腕からひったくるように奪い、分娩室まで付いてきていたソフィアへそのまま手渡した。

 私は血で濡れたシーツの上で、体が動かないまま横たわり、頭の中が真っ白になった。

 いったい、夫は何をしているの? 私は死にかけながらこの子を産んだ。私の血と肉でできた子だ。それなのに、どうして平然と、残酷で狡猾な継母――かつて彼からすべてを奪った女に、私の赤ちゃんを渡せるの?

 ソフィアは頬が裂けるほどの笑みを浮かべた。「きれい……。この目、私とそっくりね。ありがとう、エレナ。最高の贈り物だわ。愛してる」

 ヴィクターは紙切れを取り出し、私の胸の上へ落とした。親権放棄同意書。

 胸をえぐる真実が、ようやく私を殴った。

 十六歳のとき、私を守るために実の父親の頭蓋骨を砕き、私の代わりに進んで刑務所へ入ったあの少年――その男が今、子どもを使って、子を産めない継母の虚しさを埋めようとしている。

「ふざけるな!」私は叫んだ。紙をひったくり、狂ったようにびりびりに引き裂いて、ヴィクターの顔へ叩きつけた。

 それから三年間、あの人たちはレオを私の腕から引きはがし、私は必死に戦って奪い返そうとした。

 割れたガラスで手のひらは裂け、容赦ない膝蹴りで肋骨はひび割れ、銃床で後頭部は割れて血が出た。

 だが、それも今年、レオが重度のアナフィラキシーショックを起こすまでだった。

 私は消防斧を手に屋敷へ乗り込んだ。

「子を産むだけの女とエレナ出入り禁止」と書かれた看板を真っ二つに叩き割り、警報サイレンが通り一帯に響き渡るなか、鉄門の錠前を叩き壊した。

 よじ登り防止の棘が肉に深く食い込むのも構わず、私はレオを抱え上げ、命がかかっているかのように救命救急センターへ駆け込んだ。

 けれどレオが目を覚ました瞬間、ベッド脇のナイトテーブルから水のコップをつかみ、私の顔めがけて投げつけた。

 額にぶつかって砕け、温かい血が流れ落ちて視界が滲んだ。

「なんで僕をソフィアママから盗ったの!?」涙声で叫ぶ。「全部お前のせいだ! お前さえいなければ、僕とパパとソフィアママで、完璧な家族だったのに! 帰りたい! ママのところに帰りたい!」

 私は凍りついた。

 心臓から血が一滴残らず抜け落ちたみたいだった。残ったのは、底なしのしびれる痛みだけ。

 私はゆっくり膝をつき、彼の目の高さまで体を落とした。

「レオ」囁く。「ママって呼んで。最後に一回だけでいい。そしたら、もう二度とあなたを困らせないって約束する」

 レオは嗚咽の合間から私を見たまま固まった。

「約束?」

「約束」

「もう二度と、僕をソフィアママから盗ろうとしない?」

「もうしない」

 彼は長いあいだ私の目を見つめ、下唇を震わせた。声はかすかな囁きになった。

「……ママ」

 私はうなずいた。

 そして誓いを封じるように言った。「あなたを奪わない。二度と、絶対に」

 レオを屋敷へ連れ帰った頃、ヴィクターは玄関ホールをめちゃくちゃにしていた。

 部下たちは一直線に並び、息を殺している。

 私がレオの手を引いて入ってきたのを見ると、ヴィクターは石みたいに硬直した。

「ママ!」レオは私の手を振りほどき、ソフィアの胸へ飛び込んだ。

 ソフィアはきつく抱き締めると、膝をついて怪我がないか確かめた。その手首の重い宝飾品がレオの肌をこすり、レオが痛みにびくりと身を引く。

 反射的に、私は止めようと手を伸ばした。

 途中で、約束の重みがのしかかった。私は手を引っ込めた。

 するとソフィアは立ち上がり、私の目の前まで来て、思いきり頬を打った。

「どうして私の子を連れ出したの? あの子がどれだけ繊細か、分かってるの?」

 屋敷の警備も使用人も、冷えた目で見ていた。侮蔑を隠そうともしない。

「捨て犬みたいにしぶといな。あの狂女、哀れすぎるだろ」

「見ろよ、泥と血まみれ。この家の奥様はソフィア様だって誰でも知ってるのに」

「産んだからって何だ。ソフィア様が本当の母親だ。坊ちゃんを育てるのに心血を注いだのはあの方なんだから」

「そうそう。あんな安っぽい狂人が、坊ちゃんと同じ空気を吸う価値すらない。家族を引き裂こうだなんて」

 やがて、ヴィクターの声が部屋を切り裂いた。

「もういい。これは家の問題だ。俺が処理する」

 囁きは一瞬で消えた。

 ソフィアの顔が氷のように冷たくなる。彼女はレオを抱き上げ、階段へ向かった。

 ヴィクターは私を引きずるように書斎へ連れて行った。

「許可なくレオを連れ出したな」彼は机の向こうに座り、指先で木を軽く叩く。「あいつは体が弱い。どれほど危険だったか分かっているのか?」

「アナフィラキシーショックを起こしたのよ」私は抑揚のない声で言った。「死にかけた」

「たとえそうでも、世話をするのは母親の仕事だ」

 言い終えた瞬間、ヴィクターははっとした。口元が引きつり、自分が何を口走ったか今さら気づいたみたいに。

「……法律上の母親はソフィアだ」慌てて言い直し、声の角が少しだけ丸くなる。「彼女を敬え」

 私はただ立ち尽くし、彼を見つめた。見れば見るほど、別人にしか見えなかった。見れば見るほど、全部がむなしくなった。

「ヴィクター、離婚しましょう」

 怒鳴りもしない。取り乱しもしない。天気の話でもするみたいに、静かに、一定の声で。

 彼の目にあった傲慢な苛立ちは、瞬きひとつで消えた。言葉が胸を殴りつけたみたいに、ヴィクターは私を見つめたまま、剥き出しの衝撃に固まっていた。

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