第2章

田中さんのレストランを出ると、油とパクチーの匂いが服にこびりついていた。ようやくシフトが終わったのだ。十四時間、皿洗いと給仕をして手にしたのは現金で八千円――今週の食料品代で消えてしまうような額だ。

安物のスニーカーの中で足がずきずきと痛む。裏路地の近道を選んだ。

その時だった。彼が、いた。

レンガの壁にもたれて崩れ落ちている男。高そうな革ジャンは血で黒く濡れそぼっていた。最初は死んでいるのかと思った。頭はがくりと前に垂れ、顎が胸につき、ぴくりとも動かない。

その時、湿った、途切れ途切れの呼吸音が聞こえた。

「嘘でしょ……」私は囁き、思わず両手で口を覆った。

彼の両腕は蜂の巣のようだった。誰かが射撃の的にでもしたかのように、布地がずたずたに引き裂かれている。胸には深い切り傷がいくつも縦横に走り、、腹部は……クソ、腹部はまるで生のひき肉みたいだった。

彼の足元には薄暗がりの中、血だまりができていた。まだ呼吸をしているのが信じられないほどの量だ。

立ち去るべきだ。危険な匂いしかしない。

なのに、何かが私を引き留めた。

自分の血で溺れているかのような、彼のしゃくりあげる呼吸のせいか。それとも、世界が気づかないふりをする中で、独り血を流すのがどんな気持ちか知っていたからか。

「ねえ」私は距離を保ったまましゃがみ込み、そっと声をかけた。「聞こえる?」

彼の頭が微かに動き、低い呻き声が唇から漏れた。

まだ生きている。かろうじて。

私は、すべてを変えることになる決断をした。

意識が朦朧とした血まみれの男をアパートの三階まで運ぶのは、まるで濡れたセメントの袋を担ぐようだった。彼は意識が途切れ途切れで、警告のようにも聞こえる意味不明な言葉を呟き続けている。

「もうすぐだから」私は息を切らしながら言った。

リサイクルショップで買ったソファに血がなすりつけられ、私のアパートはホラー映画の一場面みたいになっていた。

いったい何を考えてるんだ、私は。普通なら119番に通報する。

それなのに、私は「銃創の治療法」をググりながら、救急箱の中身を全部コーヒーテーブルの上にぶちまけていた。大学1年の時に受けた救命講習に感謝している。といっても、これは基本的な応急手当のレベルをはるかに超えているけれど。

男の呼吸はどんどん浅くなっている。顔は灰色がかった白になり、唇には青みが差している。やるなら、今しかない。

「よし、よし」私は呟き、掃除用のゴム手袋をはめた。「やるだけやってみる。もし彼が死んでも、少なくとも私は、やれるだけのことはやったんだ」

何時間も作業を続けた。傷を洗い、消毒し、応急手当用品が尽きた後はタンポンからダクトテープまで、ありとあらゆるもので止血した。

正気の沙汰じゃない。たぶん、弾丸よりも早く私が彼を殺しているんだろう。

けれど、どういうわけか、少しずつ彼の呼吸は安定していった。出血が収まり、顔色も死体のような灰色から、ただの青白い色へと戻っていった。

窓越しに太陽が昇り始める頃、私はようやく彼の向かいの椅子に崩れ落ち、規則正しく上下する彼の胸を見つめていた。

その時になって初めて、私は彼の顔をまじまじと見た。

そして、気づいた。

やばい、クソッ、藤原和也だ!

あの藤原和也が、ガレージセールで手に入れた私のソファで血を流しているなんて。

彼に会ったのは、ちょうど一年前、一度きりだ。組織のカジノで。父が「ツイてる」とか言って私を無理やり連れて行った時、彼はそこにいた。VIPセクションで、王様のように振る舞っていた。

当時、彼は『雷の王子』と呼ばれていた。二十六歳にして、すでにO市の裏レース界を牛耳っていた。

大学で藤原和也の噂で持ちきりだった。『砂漠の悪魔』――彼の癇癪で死人が出た、と皆が囁いていた。

だが、誰もが認めることが一つだけあった。藤原和也は馬鹿が付くほど義理堅い。彼の仲間の一人に手を出せば、そいつの世界を焼き尽くす。彼の仲間の一人を助ければ、そいつのために死ぬ。

そして、その義理堅さ? それが、この地獄から抜け出すための私の切符になるはずだった。

彼は、危険を察知した捕食者のように目を覚ました。

一秒前まで意識を失っていたはずが、次の瞬間には私の喉を掴み、歯がガチガチと鳴るほどの力で壁に叩きつけていた。

「てめえは誰だ?」彼の声はざらついた砂利のようで、息が詰まるほど首を締め付けてくる。「ここはどこだ? 誰に送り込まれた?」

私は目に涙を浮かべさせた。怯えた子供のように全身を震わせた。

「わ、私は……ただ、あなたを助けたくて」完璧に声を震わせながら、私は囁いた。「ここは私のアパートです。路地で死にかけていたから……」

彼の握る力はわずかに緩んだが、その鋭い目は私を分析するのをやめなかった。

安物の家具、テーブルに散らばった教科書、そして彼の傷の手当てでまだ血のついている救急用品に視線を走らせる。

「ただの学生だって?」彼の口ぶりは、一瞬たりとも信じていないことを示唆していた。

「D大の」私はなんとかそう言い、涙を頬に伝わせた。「言語学専攻です。血を流しているあなたを見つけて、放っておけなくて……」

彼は私の喉を解放したが、体は私とドアの間に陣取ったままだった。

「俺のスマホはどこだ?」

「壊れてました。誰かに踏みつけられたみたいに」

和也は立ち上がろうとして顔をしかめ、どさりとソファに座り直した。腹部の包帯からは、すでに新しい血が滲み出ている。

私は震える手で充電ステーションを指さした。「もしよかったら、包帯はまだありますが……」

「やめろ」彼の声は氷のように冷たかった。「とにかく俺に近づくな」

だが、私がコーヒーテーブルの上に救急箱を置き、安全だと思える距離まで後ずさるのを、彼は止めなかった。

私は寝室に滑り込み、彼を監視できるようにドアを少しだけ開けておいた。

彼は私のソファに硬直したように座り、まるで本棚の裏に狙撃手が隠れているかのように、あらゆる影を警戒していた。

翌朝、和也は私が残していった場所と全く同じ場所にいた――ソファに半ば座り、半ば横たわり、制御された警戒状態のまま。顔色は良くなっていたが、その目は、私がパジャマから銃でも取り出すかのように、一挙手一投足を追っていた。

「気分はどうですか?」私はそっと尋ね、サンドイッチ二つとコーヒーをテーブルに置いた。

彼は答えず、毒でも入っているかのように食べ物を吟味している。

「今日は授業があるんです」私はバックパックを掴み、不安そうな表情を作ろうと努めた。「もし誰かが私を訪ねてきても、ドアを開けないでください。面倒はごめんですから」

それで彼の注意を引いた。彼は目を細め、私を再評価している。

「どんな種類の面倒だ?」

私は顔をほんの少しだけ歪めてみせた。「欲しいものが手に入らないと、物を壊すような人たちです」

彼がこれ以上質問する前に私は部屋を出たが、ドアまでずっと彼の視線が追いかけてくるのを感じた。

言語学のゼミの間、私はニュースがないか携帯をチェックし続けた。案の定、昼までには記事が出始めた。

【砂漠の銃撃戦で二人死亡】

【N市の荒野でギャングの暴力事件発生】

【大規模銃撃事件の背景に裏レース戦争か】

詳細は乏しい。寂れたガソリンスタンドで二人の遺体。二人とも武装しており、違法レースに関係していたと見られる。

藤原和也の名前はなかったが、タイミングが偶然とは思えなかった。

ラップトップを閉じ、言語学のノートを取り出すと、真っ白なページの一番上に、丁寧な文字でこう書き記した。

どんな悪魔も血を流す。そして血を流した悪魔は、救い手に借りを作る。

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