第3章
沙良視点
五日後、みんなはこんがりと日焼けして、両腕にショッピングバッグをいっぱい抱え、南海諸島から帰ってきた。母は私に貝殻のブレスレットを、父は「南海諸島」と書かれた冷蔵庫用のマグネットをくれた。梨乃と涼は、新しいアクセサリーや腕時計を見せびらかしている。
「いいね!沙良、家をきれいにしてくれて助かったわ」母は、まるで有能な家政婦を褒めるかのように、満足げに頷いた。
みんなは、私を置き去りにした五日間などなかったかのように、すぐに元の日常へと戻っていった。でも、私は違った。あの完全な拒絶の感覚が、毒のように私の内側を蝕んでいき、夜は眠れず、食欲も奪われていった。このままでは、完全に壊れてしまう。そう思った。
そしてついに、霧雨の降る月曜の午後、私は勇気を振り絞って青浜市大学のメンタルヘルスセンターの扉を開けた。
「助けてください」私は受付の人に、か細い声でそう告げた。
一時間後、私は佐藤先生のオフィスに座っていた。
「沙良さん、どうしてここに来ようと決めたのか、話してくれる?」佐藤先生は優しく尋ねた。
私は、あの胸が張り裂けそうな経験を話し始めた。言葉は決壊したダムのように溢れ出し、話しているうちに涙が止まらなくなった。
「私が何をしたのかわからないんです。あんなに頑張ってきたのに、みんな私を愛してくれないんです」
佐藤先生はティッシュを渡してくれ、私が落ち着くのを静かに待ってくれた。
「沙良さんの痛みは本物よ。そしてあなたは、ちゃんと見てもらい、愛される価値のある人間よ。あなたは何も悪いことなんてしていないわ」先生の言葉は、まるで暖かい陽射しのようだった。「ボランティア活動に興味はないかしら?他人を助けることは、しばしば自分自身の価値を見出す助けになるの」
私は涙に濡れたまま、こくりと頷いた。
二日後、私は精神保健センターでボランティアを始めた。
その日の夕方、カウンセリングのファイルを整理していると、廊下から切羽詰まった足音が聞こえてきた。
「沙良さん、手伝ってくれる?」佐藤先生が駆け寄ってきた。「自殺念慮のある一年生がいるの。人手が足りなくて」
私は急いで先生の後を追い、危機介入室に入った。隅っこで、小柄な女の子が膝を抱えてうずくまっている。目は赤く腫れ上がり、完全に体を丸めていた。
「恵美さん,虐待的な関係を終わらせたばかりで、絶望しているの。大人とはあまり話してくれないから……あなたなら、どうかしら」
恵美を見ていると、がらんとした家で泣いていた自分自身の姿が不意に思い出された。私はゆっくりと彼女に近づき、隣の床に腰を下ろした。
「はじめまして、沙良です」私はそっと声をかけた。
恵美はちらりと私を見上げ、すぐにまた俯いてしまった。
「孤独がどんな感じか、わかるよ」私は続けた。「自分が愛される価値なんてないって思ってしまう、あの気持ち。でもね、あなたは一人じゃない。私たちはみんなここにいるし、みんなあなたのことを心配してる」
「誰も私のことなんて気にしてない」恵美さんがようやく口を開いた。声は嗄れている。「彼が言った通りよ。私なんて、ただ価値がないだけ」
「いいえ」私はきっぱりと言った。「彼が間違っていたのよ。誰もあなたをそんな風に扱う権利なんてない。あなたは優しく、敬意をもって、愛を込めて扱われるべき存在なの」
私たちは二時間話した。私は自分の身の上を話し、私もまた誰からも必要とされていないと感じていたことを伝えた。私たちは一緒に泣き、明日はもっと良くなるはずだと信じた。
ついに、恵美はカウンセリングを受けること、自分自身にもう一度チャンスを与えることに同意してくれた。
彼女が帰る時、私を強く抱きしめてくれた。「ありがとう、沙良さん。命を救われたわ」
初めて、私は心の底から必要とされていると感じた。
ちょうどその時、戸口から若い男の子が顔を覗かせた。背が高く、茶色い髪で、銀色の補聴器をつけている。
「すみません、ボランティアの研修に来たんですけど、緊急事態みたいだったので……」
佐藤先生は頷いた。「大丈夫よ、悠斗くん。ちょうどいいところに来たわ。沙良さん、紹介するわね。心理学を専攻している悠斗くんです」
「はじめまして、沙良です.......」私は立ち上がって彼と握手した。「さっきのこと……全部聞こえてた?」
「はい」悠斗くんは私を真摯な目で見つめた。「素晴らしかったです。あなたの言葉には、力がある。そう感じました」
私たちは話し始めた。悠斗くんは、聴覚の問題のせいで、子供の頃から周りに疎外されてきたのだと教えてくれた。
「子供の頃、他の子たちはいつも指を差したり、じろじろ見たり、まるで僕が馬鹿みたいに大声で話しかけてきたりしたんだ」彼の目に苦々しさがよぎった。「いつも、自分が透明人間みたいに感じてた」
「わかるよ」私は強く共感しながら頷いた。「私もずっと、自分が透明人間みたいに感じてきた。家族は私のことを見てくれないの。まるで存在しないみたいに」
「本当に?その気持ちをわかってくれる人が見つかるなんて、すごく嬉しい」彼の目がぱっと輝いた。
私たちは、あまりにも多くの共通点を見つけた。二人とも疎外され、二人とも理解を切望していた。
「君と話していると、すごく居心地がいい」悠斗は心からそう言った。「僕の補聴器を哀れんだり、存在しないふりをしたりしない。ただ……ありのままの僕を受け入れてくれるんだ」
「私も同じ気持ちだよ」私の心臓が速く脈打った。
その日から、私たちはよく一緒に働き、ケースについて議論を交わした。悠斗くんの優しさと寄り添う心は、私も本当に大切にされる価値があるのかもしれないと信じさせてくれた。
しかし、家では何も変わらなかった。
次の週末の夜、家族全員がリビングに集まり、梨乃の結婚式の準備について興奮気味に話し合っていた。
「さっきスタジオから電話があったの。ドレスが届いたって!」梨乃が興奮して告げた。
「素晴らしいわ!私の娘が一番美しい花嫁になるのね!」母の目は興奮で輝いていた。
みんなの顔が喜びに輝いているのを見て、私は深呼吸し、自分の良いニュースを打ち明ける決心をした。「お母さん、お父さん、話したいことがあるの。私、精神保健センターでボランティアをしていて、先週、学生の自殺を防ぐ手助けをしたの。佐藤先生は、私には本当に才能があるって言ってくれたわ」
リビングは数秒間、静まり返った。
「あら、それはよかったわね」母は気のない様子で頷くと、すぐに梨乃の方を向いた。「ねえ、明日ドレスを試着しに行きましょう」
涼は我慢できないといった様子で欠伸をした。「沙良、俺たちが大事な話をしてる時に邪魔しないでくれないか?」
心臓を強く殴られたようだったが、今回は、黙っていないと決めた。
私は深呼吸をして、バックパックから新品の賞状を取り出した。
「お父さん、私、今月の優秀ボランティア賞をもらったの」私は父に賞状を手渡した。
父はそれを受け取ると、さっと一瞥した。「その賞状には奨学金でも付いてるのか?」
「いいえ、でも、私が本当に人を助けたってことなのよ。誰かの命を救ったの.......」
「金にならないなら、何の意味があるんだ?」彼はコーヒーテーブルの上に、無造作に賞状を放り投げた。「沙良、お前はもっと価値のあることに時間を使うべきだ。そのボランティア活動が、お前の将来にどう役立つんだ?」
梨乃が賞状をちらりと見た。「精神保健センター?沙良、あなた、精神的な問題でもあるの?」
「私に問題があるんじゃなくて、他の人を助けて.......」私の声は震え始めた。
「まあまあ」涼が私を遮って笑った。「お前自身に問題があるから、他の問題児と気が合うんじゃないのか。類は友を呼ぶって言うだろ」
涙が目に溢れた。私は誰かの命を救い、専門家からの評価も得た。なのに、この家では、そのどれもが何の意味も持たなかった。
ちょうどその時、私の携帯が震えた。悠斗からのメッセージがポップアップ表示される。
『沙良、誕生日おめでとう!知り合ってまだ間もないけど、今日が誕生日だって言ってたのを覚えてたんだ。今年が君にとって新しい始まりになりますように。君は、世界中のすべての美しいものを受け取る価値があるよ。❤️』
私は凍りついた。誕生日?携帯の日付を見る――十月十五日。
なんてこと、今日は本当に私の二十一歳の誕生日だった。すっかり忘れていた。
リビングを見回した。母と父はまだ梨乃とドレスの詳細を話し合い、涼は携帯をいじっている――誰一人として、今日が私にとってどんな日か気づいていない。以前の私なら、心を打ち砕かれ、自分が本当に取るに足らない、忘れ去られる存在なのだと感じていただろう。
だが今は、悠斗のメッセージを見つめていると、まったく新しい感情が心の中に湧き上がってきた。
誰かが、私のことを覚えていてくれた。誰かが、私のことを気にかけてくれた。
私は涙を拭い、心からの笑顔で返信した。「覚えててくれてありがとう。今までで最高の誕生日プレゼントだよ」
