第492章 もう十分だ

神崎彩は反射的に車のドア上のアシストグリップを掴み、ぐらつく重心をどうにか支えてから、ようやく外へ目を向けた。

墨を溶かしたような濃紺の空の下、遠くには途切れることのない山並みがかすかに浮かんでいる。

車の下に広がるのは、タイヤに踏み荒らされ、ひび割れ、ぼこぼこに抉れた砕石まじりの土道だけ。車体はがたがたと激しく揺れ、奥へ進むほど地形は険しさを増していった。

両脇には黒みを帯びた青い山肌が連なり、群山が幾重にも重なって、この土地を外界から完全に断ち切る、隙のない天然の城壁のようだった。

山あいには年中霧がたちこめ、どんよりとした湿気が木々の梢に重くのしかかっている。空の光は鬱蒼とした...

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