第162章

黒いベントレーが夜の路面をするりと滑り、車内はエアコンの吹き出し口から漏れる微かな風音だけが残っていた。

冷たいトーンの香りが密閉された空間にゆっくり広がる。運転席の男が纏う匂いと、同じ系統――同じ温度。

香椎早希は窓に頬を預け、指先で無意識にレザーバッグのストラップのシボをなぞっていた。

外のネオンが高速で後ろへ流れ、陶器みたいに白い横顔へ明滅する影を落とす。けれど彼女の瞳は、波ひとつ立たない。

さっき駐車場で、八神煉がドアフレームに手を添え、彼女の頭を守った。あの触感が、まだ空気に残っている気がした。

掌には薄いタコ。熱を帯びた温度。普段の冷たく硬い距離感とは、あまりにも違う。...

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