第166章

黒いメルセデスが、雲雀家旧宅の門を静かにくぐった。

香椎早希がドアを押し開けて降りる。夜風がふわりと長い髪をさらい、白いスーツの裾がわずかに舞った。

二階――書斎の灯りが点いている。早希はちらりと見上げただけで、瞳は一切揺れない。

さっき、八神煉に手首を掴まれた感触が、まだ皮膚の上に薄く残っていた。

早希は手首を指先でそっと擦る。まるで、自分のものではない温度を拭い去るみたいに。

そしてすぐに表情を戻し、バッグを提げてリビングへ入った。

リビングには誰もいない。雲雀京介がどこへ行ったのかも分からない。

けれど、早希は気にしない。迷いなく二階へ上がり、寝室には向かわず、そのまま書...

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