第63章

「香椎早希……?」

八神煉は、彼女がゆっくりと瞼を持ち上げたのを見て、胸の奥で張りつめていたものをようやく解いた。重く、どさりと落ちる安堵。

「大丈夫か? どこか痛む?」

香椎早希の視界はまだ霞んでいて、彼の輪郭はぼやけている。けれど、目だけは見えた。

濡れきった黒髪から水滴がぽたぽたと落ちていて、そのうちの一粒が、頬に当たる。ひやりと冷たい。

なのに――唇だけは、妙に温かかった。

一瞬よぎった考えに、香椎早希の身体が硬直する。

彼の、あまりに真っ直ぐな視線を避けるように顔を背け、もがくように起き上がろうとした。

「……平気」

声は小さく、掠れている。弱々しさが隠せない。

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