第1章 神選召喚
刺眼い銀光が闇を引き裂いた。
明智秋子ははっと目を開く。目に飛び込んできたのは、見たこともない光景だった――頭上には透明な水晶のドーム、空には二つの月が浮かび、足元には複雑な銀色の魔法陣が広がり、周囲には淡い青色の水晶柱が林立している。
「ここは……どこ?」
無意識に身を起こそうとしたが、自分の声が妙に澄んでいることに気づく。見下ろせば、成熟していたはずの身体は十六、七歳の少女の姿に変わり、魔法学園の制服らしきものを着ていた。
何かおかしい!
「春香姉さん? 千夏姉さん? 冬音?」秋子は焦ってあたりを見回す。すると、同じ制服を着た三人の少女が、魔法陣の別の場所に横たわっているのが見えた。
二番目に目覚めたのは明智春香だった。彼女は身を起こした瞬間、その眼差しが刃のように鋭くなる。
「感じる……なんて強い善悪の波動! 前世より百倍もはっきりしてる! 一人一人の心の品格まで見通せるわ!」春香は驚愕の表情で自分の両手を見つめた。
続いて、明智千夏もゆっくりと覚醒し、その瞳に一筋の金光が走る。
「時間……時間の流れが見える。寿命の終わりも……この感覚……」
千夏は震えながら立ち上がり
「私たちの能力……大幅に強化されてる!」
最後に目覚めたのは明智冬音だった。彼女は呆然とあたりを見回し、その目は恐怖に満ちていた。
「どうして……どうして私だけ何も感じないの?」
冬音の声は涙声だった。
「私、やっぱり何の能力もないんだわ!」
秋子の胸に戦慄が走る。前世の記憶が潮のように押し寄せてきた――前世で彼女たち四姉妹は、陰陽術の大家の下で学ぶ四人の弟子であり、善悪を識り、寿命を断ち、生死を定めるという、人知を超えた秘術に通じていた。しかし、幕府軍の首領である源義氏は、その奇門の術士たちが世を惑わし、民を愚弄する存在だと断じ、師の一門を皆殺しにするよう命じたのだ。
師は道場の炎の中で命を落とし、彼女たち四姉妹は雪の中で復讐を誓った……。
そして、果てしない闇へと堕ちた。
まさか私たち……本当に死んだの? ここは……異世界?
「どうやら神選召喚魔法は成功したようじゃな」
低く、威厳のある声が響いた。ローブをまとった白髪の老人が、影の中からゆっくりと姿を現す。手には水晶の杖を持ち、その眼光は鷹のように鋭い。
「グラン帝国魔法学園へようこそ、異界より来たりし四人の予言者たちよ」
院長の言葉一つ一つが、まるで目に見えない威圧感を帯びており、四姉妹は思わず身を固くした。
「あなたは誰? ここはどこなの?」
秋子は無理やり冷静さを保ち、警戒の色を浮かべる。
「わしは帝国魔法学園の院長、エドウィン・メロディアス」
老人はわずかに頷いた。
「お主たちは『天命召喚魔法』によって選ばれた予言者。真の君主を選び出すという、神聖な使命を背負っておる」
君主を選ぶ? どういうこと?
春香は眉をひそめた。
「私たちは師の仇を討ちたいだけ。あなたたちの君主選びになんて興味ないわ」
「ほう?」
院長の目に底知れぬ光が宿った。
「もし、この使命を拒めば、元の世界には二度と戻れぬと言ったら、それでも同じことが言えるかな?」
四姉妹の顔色が変わった。
「脅しているの?」
秋子は冷たい声で問い詰めた。
「いや、事実を述べているまで」
院長は淡々と言った。
「天命召喚魔法は一度発動すれば、覆すことはできぬ。お主たちに残された選択肢は二つ。使命を果たして帰還の機会を得るか、永遠にこの世界に留まるかじゃ」
冬音は怯えながら秋子の袖を掴んだ。
「秋子姉さん、どうしよう?」
秋子は深く息を吸い、院長の目をまっすぐに見据えた。
「話してみて。その使命とやらが、一体何なのかを」
院長が杖を振るうと、空中に四人の人影が浮かび上がった。
「先代の独裁者は打倒されたが、国に主無き日は許されぬ。グラン帝国は今、史上例を見ない皇位継承の危機に瀕しておる。帝王の資質を備えた四人の候補者は、光明学部の聖子エドモンド、闇学部の魅影王子カール、竜騎学部の炎竜公爵レナード、そして召喚学部の星空賢者セレスじゃ」
「予言者はそれぞれ、一人の候補者を選び、運命の契約を結ばねばならぬ。そして、その者が皇位を争うのを助けるのじゃ。最終的に勝利した者が新たな皇帝となり、敗者は……」
院長は言葉を区切った。
「死を迎えることとなろう」
なんですって!?
「もし拒んだら?」
秋子は歯を食いしばって尋ねた。
「運命の歯車はすでに回り始めた。誰であろうと逃れることはできん」
院長の声音には何の感情もなかった。
「じゃが……これがお主たちの運命を書き換える、唯一の機会でもある」
冬音は震える声で言った。
「私、何の能力もないのに、どうしてそんなことに参加できるの?」
院長は意味ありげに彼女を一瞥した。
「無能力者こそが、最大の変数となり得る。歴史上、最も恐れられた予言者は、まさしく『無能』に見えた者たちじゃった」
この古狐、一体何をほのめかしているの?
「お主たちの能力を確かめるため、テストを用意した」
院長が杖を一振りすると、四人は瞬く間に別の部屋へと転移させられた。
部屋は広々として明るく、中央には巨大な水晶球の置かれた台座があり、周囲を魔法記録用の計器が取り囲んでいる。
「明智春香、お主からじゃ」
春香が水晶球に向かい、それに触れた途端、部屋中が金色の光に包まれた。
「見える……ここにいる全員の善悪の本質が!」
春香は驚愕の声を上げた。
「試験官の先生は心根は優しいけど少し打算的。あの記録員は表面上は恭しいけど心の中は嫉妬でいっぱい。それに……」
彼女の視線が院長に向かい、瞳が急に収縮した。
「院長……あなたの心の奥底には、とてつもない秘密が隠されている!」
院長は肯定も否定もせず頷いた。
「よろしい。善悪感知の能力は確かに覚醒しておるな。明智千夏、次はお主のテストじゃ」
千夏が進み出ると、水晶球は銀白色の輝きを放った。
「みんなの寿命が見える!」
千夏は興奮して言った。
「試験官の先生はあと三十年、記録員はあと十五年、院長は……」
彼女は突然口をつぐみ、顔が青ざめた。
「どうした?」
院長が問い詰める。
「わ、私……院長の寿命が見えません。何かに遮られているみたいで」
やはりこの院長、ただ者ではない!
「明智秋子、お主の番じゃ」
秋子はゆっくりと水晶球へ歩み寄り、心の中で何事もないようにと祈った。しかし、彼女の手が水晶球に触れた瞬間、部屋中が血のように赤い死の光に包まれた!
いや——!
恐ろしい光景が、津波のように彼女の脳裏へ流れ込んでくる。
華麗な宮殿の中、金色の宮廷衣装をまとった明智冬音が、宝石をちりばめた短剣を握りしめ、その目には絶望と無念が満ちている。彼女は秋子の前に跪き、頬を涙が伝う。
「秋子姉さん……どうしてこんなことに?」
秋子の手にもまた長剣が握られ、その切っ先は冬音の心臓に向けられていた。彼女の眼差しは氷のように冷たく、かつての優しさの欠片もない。
「ごめんね、冬音……これが運命なの」
長剣は容赦なく冬音の胸を貫いた。鮮血が飛び散り、冬音の瞳から光が次第に消えていく。手にしていた短剣が、力なく床に落ちた……。
私が……冬音をこの手で殺す!?
「明智秋子くん、何が見えたかね?」
試験官が心配そうに尋ねた。
秋子は必死に平静を装ったが、額にはすでに冷や汗が流れていた。
「見えました……終わりを。たくさんの人の、終わりを」
「秋子姉さん、顔色がすごく悪いよ。何が見えたの?」
冬音が心配して歩み寄る。
目の前の純真無垢な顔を見て、秋子の胸に万感が交錯する。彼女は無理に笑顔を作った。
「なんでもない……少し慣れないだけ」
院長の目に、深い光が宿った。死の予視……この力は、予想以上じゃな。
最後は冬音のテストだった。彼女はおずおずと水晶球に近づいたが、いくら触れても水晶球はうんともすんとも言わない。
「やっぱり……異世界に来ても、私には何の能力もないんだわ」
冬音はがっくりと頭を垂れた。
「テストは終了じゃ」
院長が宣言した。
「三日後に正式な運命の契約式を執り行う。その時、お主たちは四人の皇位継承候補者と相まみえ、それぞれの選択をすることになる」
その夜、四姉妹は学園の貴賓区で休むことになった。遠くには四大学部の校舎群が、それぞれ異なる色の光を放っている。秋子は一人、テラスに立ち、物思いに耽っていた。
あの恐ろしい予言が、悪夢のように脳裏から離れない。
「秋子姉さん、私、怖いよ」
冬音がそっと隣にやってきた。
「私、何の能力もないのに、どうやって選べばいいの?」
秋子は振り返り、見慣れた妹の顔を見て、複雑な感情が込み上げてきた。
もし予言が本当なら……目の前のこの無垢な冬音は、将来どんな姿に変わってしまうのだろう? そして、何が私に、彼女を殺させようとするのだろうか?
「心配しないで。私が守るよ」
秋子は冬音の髪を優しく撫でた。
必ずこの運命を変えてみせる。この悲劇を、決して起こさせはしない。











