第4章 ずれた愛
闇学部の地下応接室で、明智秋子はまっすぐにカールを見据え、毅然とした声で言った。
「この皇位争奪戦の真相が知りたいのです」
カールは優雅に手にしていた古書を置き、口元に意味深な笑みを浮かべた。
「単刀直入でいい。気に入った。具体的に何が知りたい?」
「皇位争奪のルール、各勢力の本当の状況、それから……」
秋子は一旦言葉を切り
「勝利の条件とは、一体何なのですか?」
「いい質問だ」
カールは立ち上がると、巨大な帝国地図の前まで歩いて行った。
「帝国先代の独裁統治が覆されて以来、皇位の帰属は未だ定まらず、それ故にこの皇位争奪戦が引き起こされた。表向きは、四人の継承者による公平な競争。だが実際には、一人一人の背後には複雑な政治勢力がいる」
彼は地図上のいくつかの要所を指し示した。
「エドモンドの背後には聖殿騎士団がおり、最も正統な継承権を持つ。セレスは魔法使い協会の支持を得て、帝国の魔術師たちの命脈を握っている。そしてレナードは……」
カールの指が竜谷領地で止まる。
「炎竜公爵家は代々辺境を守護しており、その軍事力に疑いの余地はない」
「では、あなたは?」
と秋子は尋ねた。
「俺か?」
カールは自嘲気味に笑った。
「最も見込みがないと思われている男さ。魅影の王子、帝国の影、禁忌魔法を研究する異端者……」
その言葉に滲む寂しさを感じ取り、秋子は真剣な口調で言った。
「私たちの間の契約は偶然の産物でしたが、私があなたの信頼できる盟友になることを保証します」
カールの目に驚きが閃き、すぐにそれは感心へと変わった。
「盟友? 契約者ではなく?」
「私の心には、別に想う人がいます。そのことは、あなたには隠せないでしょう」
秋子は率直に言った。
「ですが、それは私たちが最強のパートナーになる妨げにはなりません。私の死の予知はあなたに重要な情報を提供し、あなたの知恵と実力は私たちがこの争奪戦で生き残ることを可能にします」
カールはしばし沈黙し、やがて頷いた。
「君の能力は見た。女の心を無理に変えようとするほど愚かではない。理性的な協力関係の方が、俺にとってはかえって価値がある……」
彼は手を差し出した。
「勝利の条件についてだが……是非成否は往々にして生殺与奪と切り離せない。一将功成りて万骨枯る、というわけだ……」
秋子は眉をひそめた。胸に渦巻く不吉な予感が、ますます強くなっていく。
——
三日後、竜騎学部で競技訓練が行われた。
訓練場の上空では、レナードが威風堂々たる金竜を駆って雲海を飛翔しており、その姿は天神のごとく勇ましかった。
「レナード様! レナード様!」
観覧席から耳をつんざくような歓声が爆発し、無数の女生徒がハンカチを振り、うっとりとした表情を浮かべている。
貴賓席では、明智冬音が華麗なドレスを身にまとい、得意満面の笑みを浮かべていた。
「見ました? あれが私の契約者ですのよ!」
冬音は隣にいる貴族令嬢たちに誇らしげに自慢した。
「学園で一番優秀な殿方は、私のものですわ!」
彼女はまるで自分がこの祝宴の主役であるかのように、皆の羨望の眼差しを浴びていた。
秋子は普通席に座り、空を舞うその姿を静かに見つめていた。
理性ではカールとの協力に集中すべきだとわかっていても、心のときめきは抑えきれなかった。
その時、レナードが彼女に気づいたようだった。彼は金竜を操って急降下し、皆が驚愕する視線の中、観客席の前に停止した。
「秋子!」
彼の声は鐘のように澄み渡っていた。
「雲の上を飛ぶ気分を味わってみないか?」
訓練場は一瞬にして静まり返り、全員の視線が秋子に集中した。貴賓席の冬音の顔色が、みるみるうちに険しくなる。
無数の視線に射抜かれ、秋子は心の中で逡巡した。
目の前の少年の熱い眼差しを見つめ、秋子は深呼吸を一つすると、立ち上がってレナードの方へ歩いていった。
金竜が二人を乗せて雲の上へと駆け上がると、世界は瞬く間に広大無辺となった。
白雲は海のごとく、陽光は金のごとく。この自由に飛翔する感覚は、秋子に一切の悩みを忘れさせた。
「綺麗か?」
レナードが彼女を横目で見た。陽光が彼の金色の髪の上で跳ねている。
「とても綺麗です」
秋子は頷いた。
「秋子……」
レナードは不意に金竜を雲のただ中で停止させ、彼女に向き直った。
「君に言わなければならないことがある」
秋子の胸がどきりと鳴り、何かを予感した。
「俺と君の妹との契約は、間違いだった」
レナードの言葉は驚雷のように鳴り響き、一言一句が彼の真心をはっきりと伝えていた。
「俺の心は、最初から君のものだったんだ」
秋子は、間近にあるその美貌を呆然と見つめた。
「あの日の訓練場で、君は俺の命を救ってくれた」
レナードは愛情のこもった眼差しで彼女を見つめる。
「あの瞬間から、君が特別な人だとわかった。契約は政治的な同盟であり得るが、愛情は無理強いできない」
雲の上の風が秋子の長い髪を乱し、彼女の心臓は太鼓のように鳴っていた。想い人から告白される、それは本来なら最も幸せな瞬間のはずなのに、なぜこれほど苦しく感じるのだろうか。
「でも……冬音は……」
「冬音のことは大切にするし、契約者としての義務も果たす」
レナードはそっと彼女の頬に触れた。
「だが、俺の心は君だけのものだ。もし君も俺に気持ちがあるなら、自分の感情を抑えないでくれ」
秋子は目を閉じた。脳裏にカールの眼差しと冬音の笑顔が浮かぶ。
理性と感情が激しくせめぎ合っていた。
「わ、私……考える時間が必要です」
秋子は苦しそうに言った。
「待ってる」
レナードは優しく頷いた。
「いつまでも」
地上に戻ると、訓練場の空気は微妙なものに変わっていた。
冬音は貴賓席に座り、恐ろしいほどに顔を曇らせている。先ほどの雲の上での会話は聞こえなかったが、レナードが秋子に向ける眼差しと二人の親密な様子は、全てを物語るのに十分だった。
秋子は早足で観客席に戻った。その頬にはまだ、雲の上の告白による紅潮が残っている。
貴賓席の影になった場所で、冬音は今までにないほど悪意に満ちた眼差しで彼らを見つめていた。
「秋子お姉ちゃん……どうして、私と張り合おうとするの?」











