第3章

携帯の着信音が夜の静寂を切り裂いた。画面には「義和」の二文字が表示されている。

「どこに行ってた」

私は携帯を強く握りしめ、嘘が自然と口をついて出た。「ゴミ袋を捨てに下に。すぐ戻るわ」自分の声が恐ろしいほど平坦に聞こえた。

電話の向こうは数秒間沈黙した。

「うん」

彼は短く応じる。

「じゃあ、先に寝る」

電話を切り、私はマンションの下の庭に立ち、私たちの部屋の窓を見上げた。灯りはもう消えている。深く息を吸い、ゆっくりとマンションへと戻った。

寝室のドアを開けると、カーテンの隙間から月の光がベッドの上に差し込んでいた。義和はドアに背を向けたまま横向きに寝ており、その呼吸は均一で穏やかで、明らかに眠りに落ちているようだった。私はベッドには入らず、ベッドサイドの椅子に腰掛け、静かに彼の背中を見つめた。

彼はベッドの片側に寄り、いつもの癖で私のために半分以上のスペースを空けている。

私たちの間には、確かに、もう越えられない深い溝が横たわっていた。

私はそのまま一晩中座り続け、思い出が潮のように押し寄せてきた。

何年も前、高橋和也から電話がかかってきた。

「穂乃美、ちょっと頼みがあるんだけど」

和也の声には申し訳なさが滲んでいた。

「義和が東京の大学に受かったんだ。でも、親に内緒で願書を出したらしくてさ。親父さんがカンカンに怒って、もうあいつの面倒は見ないって」

「それで?」

と私は訊ねた。

「あいつを迎えてくれないか?数日でいいんだ。あいつが泊まれるように、大学の近くでアパートを探すから」

当時の私は編集者になったばかりで、毎日目が回るほど忙しかったが、それでもこの頼みを引き受けた。なんといっても和也は大学時代の親友で、このくらいの助けは当然のことだったから。

あの日、新宿駅で一時間近く待ったことを覚えている。織りなす人の波の中で、諦めかけたその時、駅の外の桜の木の下にしゃがみ込んでいる少年を見つけた。

黒いTシャツにジーンズ姿で、見たところ重そうなバックパックを背負い、まるで捨てられた子犬のようだった。私が彼の名前を呼ぶと、彼は顔を上げ、その瞳に希望と不安をきらめかせた。

「佐藤さん、ですか」

彼は立ち上がり、お辞儀をした。

「お邪魔します」

近くのカフェにでも連れて行って、宿泊の段取りを話そうと思ったのだが、彼は突然私の手首を掴んだ。

「どうか、俺を追い出さないでください」

彼の声は微かに震えていた。

「家事もします。生活費も分担します。迷惑はかけませんから」

私は彼の眼差しに心を打たれた。

「とにかく、まず家に来て」

私は静かに言った。

こうして、高橋義和は私のアパートに住み着いた。驚いたことに、彼は本当に毎日食事を作り、掃除をし、さらには自転車で出版社まで私を迎えに来るようになった。私の生活は、この五歳年下の少年によって、彩り豊かなものへと変わっていった。

半年後のある夜、一緒に映画を観て帰る途中、彼は突然足を止め、真剣な眼差しで私を見つめた。

「穂乃美」

彼は初めて私の名を呼び捨てにした。

「話したいことがある」

てっきり、もう出ていくという話だと思い、心に一抹の寂しさがよぎった。

「実は」

彼は深く息を吸った。

「俺、穂乃美のために東京の大学に来たんだ」

私は呆然とした。

「十六の時、渋谷のカフェで、穂乃美がある作家にインタビューしてるのを見た。真剣に相手の話を聞く姿も、微笑む姿も、メモを取る姿も、全部から目が離せなくなった」

彼の声はますます確信に満ちていく。

「その瞬間から、穂乃美が俺の理想の人になったんだ」

私は言葉を失った。

この五歳も年下の少年が、一度会っただけの私のために、家族の反対を押し切って東京の大学へ?

「五つも年上だってことは分かってる。子供っぽいって思うかもしれないけど、俺は本気だ」

彼の眼差しは熱く、執拗だった。

「どうか、チャンスをください」

私は彼の誠実さに心を動かされた。年の差、世間の目、仕事のこと……心には無数の懸念があったけれど、その瞬間、私は自分の心の声に従うことを選んだ。

今思えば、それは過ちだったのかもしれない。

月の光が次第に朝の光に取って代わられても、私はまだベッドサイドに座り、眠る義和を見つめていた。

かつて愛のためにすべてを顧みなかった少年は、今や私を「汚い」と罵る見知らぬ人へと変わってしまった。

高橋義和は、かつて私に与えてくれたすべての愛を、「回収」しようとしている。私もこのままではいけない。この結婚という泥沼から這い出し、自分の価値を取り戻さなければ。

まずは。

簡単な決断からだ!

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