第89章

絵里奈の震える指が、ようやく通話ボタンを滑った。

「恵莉! いいか、聞け!」

受話口から飛び込んできたのは、賢治のいつもの穏やかな声じゃない。切り裂くような風鳴りに混じった、喉を潰す勢いの怒号だった。

「空港へ行くな! 絶対にだ! あのルートは割れてる、真琴の連中が封鎖してる!」

息継ぎもない。言葉の一つ一つが歯の隙間からねじ込まれるみたいに硬い。

「引き返せ! 北郊外のプライベート航路へ回れ! 権限はお前に移した、今すぐ絵里奈を連れて出ろ! 今だ、急げ!」

助手席の絵里奈は、背骨ごと凍りついた。

聞こえてしまった。

スピーカーにしていないのに、狭い車内に反響するほどの叫び。...

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