第53章 ご褒美は

伊原綾音は理由を口にせず、ただ一言だけ告げた。

「もうこれ以上、大ごとにしたくないんです」

野口弁護士も当事者の意思を尊重するしかなく、強くは引き留めずに電話を切った。

さっきの突発的な一件で、伊原綾音は思い知らされたのだ。何でもかんでも執拗に追いかければいいというものではない。追い詰めすぎれば、かえって裏目に出ることもある。

学校を訴えると騒ぎ立てれば、北野の母親が大暴れした件まで広まってしまうかもしれない。そうなって傷つくのは、結局また杏ちゃんだ。

もうこれ以上、娘が傷つくような波風は立てたくなかった。

伊原綾音の胸の内など、誰にもわからない。彼女が訴えを取り下げたと聞いた澄...

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