第88章 狂人

伊原綾音が取り分けようと伸ばした手が、宙でぴたりと止まった。

「なに言ってんの?」

「だってさ、あんた今日、妙に血色いいんだもん。男でもできたみたい」高村紗夜は確信めいた顔で、綾音の頬をじっと観察する。

「私の状況、知ってるでしょ」伊原綾音は平然を装って箸を下ろし、魚を一切れつまんで器に移すと、ゆっくり口に運んだ。

その様子を見て、高村紗夜も深追いする気を失くしたらしい。

伊原綾音は笑って言う。

「雲峰を辞めてから、プレッシャーがなくなったの。だから気分もよくなるってだけ」

「それはそう。毎日ああいうムカつく顔を見なくていいなら、気分なんて何倍もマシになる」言いながら、ふいに高...

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