第2章
藤原村矢と付き合い始めて五ヶ月目、何かが変わり始めていることに気づいた。
すべては、あの一枚の写真から始まった。
その日は村矢の誕生日前夜で、彼の友人たちが祝いの会を計画してくれていた。
ちょうど休暇中だった私は幸運にもそれに参加でき、村矢の友人たちとも少しずつ打ち解けていった。
中島隆志は村矢の一番の親友で、実家は東京でも有名な高級料亭を営んでいる。
「淵萌、知ってるか? 村矢は今まで、俺たちの集まりに彼女を連れてきたことなんて一度もなかったんだぜ」
席を準備しながら、中島がこっそりと耳打ちしてきた。
「お前が初めてだ」
私は微笑んだまま答えなかったが、心の中では少し得意になっていた。
もしかしたら、私と村矢の関係は本当に特別なものなのかもしれない。
彼の友人たちは私に隠し事をすることなく話してくれたので、村矢の過去についても知ることになった。
「そういえば、村矢も一度だけ本気になったことがあったよな」
中島がその話を引き継いだ。
「あの時は俺たちも驚いたよ。村矢が自ら家伝の指輪を選びに行って、婚約の場所まで明治神宮に決めてたんだから」
私は心臓が跳ね上がった。
村矢からそんな話は一度も聞いたことがない。
「あの佐々木さん、本当に優秀な方で」
別の友人が付け加えた。
「両家の仲も良くて、ほとんど正式なお見合いまでいきそうだったのに」
「どうして別れたんですか?」
私は思わず尋ねてしまった。
中島は微妙な表情で答えた。
「詳しいことは俺たちもよく知らないんだ。でも、それから村矢は変わっちまった」
ちょうどその時、中島がスマホを取り出し、画面を数回スワイプした。
「ちょっと見せてやるよ」
写真には、上品な雰囲気の女性が写っていた。仕立ての良いスーツを身にまとい、その笑みは洗練されていて、どこか控えめだ。
「佐々木萌花さんだ。今は藤原財閥の海外事業部にいる」
中島はそう言うと、不意に笑い出した。
「ていうか、萌花さんとあんた、結構似てるんだよな。じゃなきゃ、俺たちも最初の合コンであんたにあんなに興味持たなかったって」
私は写真を食い入るように見つめ、心臓が氷水に浸されたような感覚に陥った。
単なる外見の類似だけではない。もっと、雰囲気のようなものが似ている。
最初、彼らが賭けをしていたと知った時は、ただくだらないと思っていた。だが今となっては、それは明らかに私と村矢の恋の結末を予見していたようなものだ。
彼らはみんな知っていたのだ。村矢が初恋の相手との別れに、ひどく未練を残していることを。
彼はまだ、佐々木萌花を愛している。
……誰もが分かっていた。
何か違うことがあるかもしれないと信じていたのは、私だけだったのだ。
だから、私は彼女に似ているというだけで、彼の気を引くことができたのか。
そう呟くと、苦いものが胸の奥からこみ上げてきた。
彼らはさらに、村矢がずっと萌花のことを気にかけていて、どんな動向もリアルタイムでチェックしていると話した。萌花の誕生日には風変わりなプレゼントを選んで贈ったり、彼女に何か不都合なことが起これば、すぐさま彼が解決してしまうのだという。
連絡はしない。自分から動くこともしない。けれど、決して手放してはいない。
中島は酒を一口飲むと、さらにくだけた口調になった。
「正直な話、萌花さんが去ってから、村矢の『三ヶ月ルール』が始まったんだ。でも俺たちは、あれは萌花さんを嫉妬させて、振り向かせるためのパフォーマンスなんじゃないかって噂してる」
呼吸が苦しくなってきた。
微妙な空気が流れたその時、村矢が化粧室から戻ってきた。
「何笑ってるんだ?」
彼はそう尋ね、私と中島の間で視線をさまよわせた。口調は軽やかで、気取らない。
「あなたの初恋の彼女の話をしてたの」
私は彼の反応を見たくて、率直にそう告げた。
藤原村矢の表情が瞬時に凍りついたが、ただ淡々と「昔のことだろ? 今更話すことでもない」とだけ言い、巧みに話題を逸らした。
だがその瞬間、私は初めてこの関係を終わらせることを真剣に考えた。
暴かれた真実は辛かったが、彼らのおかげで私は現実を直視できた。
私は、藤原村矢が佐々木萌花を振り向かせるための、ただの道具なのかもしれない。
それからの日々、私たちの間の空気は微妙に変化した。誰も佐々木萌花の名前を口にはしなかったが、その名前は亡霊のように私たちの間を彷徨っていた。
奇妙なことに、村矢は以前にも増して気前が良くなり、私の物質的な欲求を何でも満たしてくれた。六本木で最高峰の美術展に連れて行ってくれたりもした。まるで、何かを埋め合わせているかのように。
中島はこっそり私に教えてくれた。
「村矢は別れる時、ケチらないんだ。元カノが望むものは何でも『手切れ金』代わりに与えるから」
その言葉は、村矢の誕生日前夜に証明された。
その晩、私は美しい和紙で包まれた二通の書類を受け取った。鎌倉のオーシャンビューマンションと、限定生産の高級車の譲渡契約書だった。
指先が冷たくなっていく。友人たちが話していた別れのプレゼントを思い出した。
すぐにLINEでメッセージを送った。
「どうして急にこんな高価なものを?」
「ただ、君を喜ばせたかっただけだ。緊張しないで」
と返信が来た。
少し躊躇してから、私は婉曲的に書き直した。
「このプレゼントは高価すぎるわ。何か、埋め合わせをしてくれてるの?」
メッセージは既読になったが、村矢からの返信は長い間なかった。そして最後に、一言だけ送られてきた。
「考えすぎるな。早く休め。明日の夜、明治大学まで迎えに行くから」
その夜、私は寝返りを繰り返した。藤原村矢は本当に私のことが好きなのだろうか。それとも、私が佐々木萌花と少し似ているからというだけなのだろうか。
翌日の午前、私は一人で八幡宮へ向かった。
絵馬が並ぶ壁の前で、藤原と末永く一緒にいられますようにと願い事を書くべきか、迷った。
私の手は宙で止まり、筆先は落ちることなく浮いていた。
