第4章
自分の声が、驚くほど確固たるものに聞こえた。
中島隆志は眉をひそめ、顔にはありありと诧異の色が浮かんでいる。
「本気か?」
彼は真剣な眼差しで私を見つめた。
「一時的な衝動じゃないのか?」
私は首を横に振った。
この決断を下すのに、かかった時間はごくわずかだったけれど。
でも、今自分が下すいかなる決断にも後悔しないと、わかっていた。
「よく考えろよ」
中島はため息をついた。
「村矢のところに、復縁なんて言葉は存在しない」
彼はこれまで、誰一人として元カノとヨリを戻したことはない。
彼にとって、佐々木萌花だけが唯一の例外だった。
「わかっています」
私は穏やかに答え、指でカップの縁をそっとなぞった。
「だからこそ、彼に伝えてほしいんです。すべては、ここまでだと」
中島はしばらく私をじっと見つめていたが、やがて諦めたように肩をすくめた。
「あいつのところに置いてある荷物、忘れずに取りに行けよ」
私は私たちの「家」へ向かい、自分のものをすべてきれいにまとめて持ち去った。
そして、彼がかつて私にくれた贈り物は、すべて残してきた。
あの高価な和風のスカーフも、限定版の浮世絵全集も、彼がくれた一つ一つのプレゼントも、すべて元の場所にそのままにしておいた。これらを持ち去ることは、ただ無駄に自分にプレッシャーを与えるだけだ。
自分のものが何一つ残っていないことを確認し、そっとドアを閉める。電子ロックが「ピッ」と音を立て、この恋に完全に別れを告げた。
翌日の午後、私が目を覚ましたのは二時だった。昨夜自分のアパートに帰ってから、まるで全精力を使い果たしたかのように、ベッドに倒れ込んで眠ってしまったのだ。
起きてから、午前のゼミをすっぽかしたことに気づいた。
スマホを手に取ると、画面には昨夜十時に藤原村矢から送られてきたメッセージが表示されていた。
「上がってこい」
ただそれだけ。余計な説明も、問いかけもない。
それが彼のいつものスタイルだ。簡潔で、断定的で、まるで私が必ず従うと確信しているかのようだった。
そして、それ以降、何の連絡もなかった。
中島が私の決断を伝えてくれたのだろう。
それからの日々、私の生活は藤原村矢に出会う前の姿に戻った。毎日、明治大学の図書館とアパートを往復し、平安時代文学の研究に没頭する。たまにルームメイトと映画を観に行ったり、キャンパス近くの小さなレストランで食事をしたり、すべてが平穏で規則正しかった。
「淵萌、お母さんから電話だよ」
ルームメイトが私の部屋のドアをノックした。
「神崎淵萌」
母の声には、聞き慣れた焦りが滲んでいた。
「田中おばさんの息子さんがアメリカから帰ってきたばかりで、東京の金融庁で働いているの。彼のLINEアカウントを送っておいたから、時間があるときにでも追加して、お話しなさい」
またお見合いだ。私が修士二年から、母は絶えず相手を紹介し、卒業前にいい人を見つけてほしいと願っていた。彼女にしてみれば、二十六歳の娘はすでに「適齢期」の終わりに近づいているのだ。
「わかった、お母さん。追加しておく」
私は気のない返事をしたが、LINEを開いてその見知らぬ人物を追加することはなかった。
電話を切ると、ルームメイトが私のベッドの端に腰掛け、諭すように言った。
「淵萌、そろそろ新しい生活を始めなきゃ。藤原みたいな御曹司、今頃もう新しい合コンに参加してるかもよ」
「わかってる」
私は微笑んで応えた。
「でも、焦って新しい恋を始めたいとは思わないの」
ルームメイトは頷き、それ以上は何も言わなかった。
しかし、運命とはかくも巡り合わせが悪いものだ。
数週間後の土曜日、私は友人と銀座へ買い物に出かけた。高級ブティックの前を通りかかったとき、不意に藤原村矢の姿が目に入った。
彼はフォーマルなオーダーメイドのスーツを身にまとい、数人のビジネスマンらしき人々と立ち話をしていた。香水が変わっていることに気づく。より落ち着いた、白檀の香りだ。
私たちの視線が空中で交錯した。彼は軽く頷き、礼儀正しくもよそよそしい態度で、すぐに連れのほうへ向き直って話を続けた。
気まずさも、意図的な回避もない。すべてが実にスマートだった。
「あれ、藤原村矢じゃない?」
友人が小声で尋ねた。
「うん、そうだよ」
私は平静を装って答えたが、心の中では安堵の念が湧き上がっていた。
やっぱり、円満に別れれば恨みっこなしだ。ドラマみたいに街中でみっともなく引き留め合うような展開にはならない。
通りの向かい側へ渡ったとき、突然スマホが鳴った。
画面には「藤原村矢」の名前が表示されている。私は無意識に電話を切った。
しかし、彼は執拗にかけ続けてくる。結局、私は電話に出た。
「藤原さん?」
私はわざと敬語を使い、距離を置いた。
電話の向こうは長い間沈黙していた。彼がもう切ってしまったのかと思ったほどだ。やがて、彼は低い声で、ただ一言だけを告げた。
「見上げて」
