第8章

長いこと、藤原村矢からの連絡はなかった。

あの日、カフェで彼が「彼女を行かせてやれ」と口にした時、その声色に滲む疲労と諦念に、この関係が本当に終わりを迎えたのだと悟った。私は振り返らず、まっすぐカフェを出て、冬の冷たい風に顔の火照りを冷まさせた。

それでも、日常は続いていく。

私はひたすら論文と研究に没頭し、時折、明治大学の図書館で山本友田と顔を合わせた。

彼はいつも付かず離れずの距離を保ち、会うたびに私の研究分野に関する新しい資料を持ってきてくれたり、古典文学についての見解を共有してくれたりした。

「神崎さん、今週末、東京の国立劇場で伝統的な能の公演があるのですが、ご興...

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