紹介
招待状は既に印刷済み。ドレスはクローゼットに掛かっている。あと三ヶ月でバージンロードを歩くはずだった。
そして私は彼の浮気現場を目撃した。彼女のアパートまで後をつけ、街灯の下で彼が秘書にキスをしながら「君こそ最初からずっと一緒にいるべき相手だった」と言うのを、涙を流しながら見ていた。
証拠を突きつけて問い詰めた時、彼が何と言ったと思う?「落ち着けよ。金を渡すから、知らないふりをして予定通り結婚式を挙げよう」
彼は私をそこまで馬鹿だと思っていた。そんなに簡単に屈服すると思っていた。
いいでしょう。結婚式は彼の望み通り、予定通りに行われる。ただし、新郎は彼ではなくなるけれど...
チャプター 1
香織視点
私は結婚式の招待状のサンプルをローテーブルの上に広げた。ようやく「小川夫人」になれるのだと思うと、心臓がまたあの愚かな早鐘を打った。七年。七年という長い歳月を待ち続け、ようやく私たちはここまで辿り着いたのだ。
「ねえ達也、これを見て!」私は金のエンボス加工が施されたクリーム色のカードを掲げて見せた。「完璧だと思わない?」
彼はほんの一瞬だけスマホから目を離し、こちらを見た。「ああ、いいんじゃないか」
彼の携帯がまた震えた。二度、三度と。彼が猛烈な勢いで文字を打ち込むにつれ、眉間に皺が寄っていくのを私は見ていた。彼が不機嫌な時にできる、あの皺だ。
「仕事、何かあったの?」私は努めて明るく、何気ない調子で尋ねた。
「新しい秘書だよ」彼は顔も上げずに言った。「清水葵ってやつなんだけど、まったく使えない。コーヒーもまともに入れられないんだ。俺の書類を水浸しにしやがって」
「あら」私は招待状に視線を戻した。「まあ、まだ新人なんだし。きっとそのうち慣れるわよ」
「そう願いたいね」達也はスマホに釘付けになったまま立ち上がった。「電話してくる」
彼がベランダへと出て行くと、私は招待状のサンプルに囲まれたまま、マンションのリビングに一人取り残されたような気分になった。大丈夫、と自分に言い聞かせる。彼は仕事でピリピリしているだけ。結婚してしまえば、きっと落ち着くはずだ。
私は再び招待状を手に取った。「このたび私たちは、皆様の……」
七年前、なぜすぐに結婚できないのかと尋ねた時、達也は私の額にキスをして、「まずは基盤を固めたい」と言った。「君にふさわしい生活を築き上げたいんだ」と。「君にふさわしい結婚式を挙げさせてやりたいし、ふさわしい生活を送らせてやりたいんだ、香織。だから時間をくれ」
だから私は彼に時間を与えた。スタートアップ企業でのマーケティングの仕事も辞めた。達也のキャリアには支えが必要だと言われたからだ。誰かが家にいて、彼がきちんと食事をとり、睡眠をとり、燃え尽きてしまわないように見守る必要があったからだ。
「またコーヒーをこぼされたの?」
三日後、リビングを行ったり来たりしている達也に対し、私は同情を込めた声を作って尋ねた。
「クライアントへのプレゼン資料が全滅だ! そのうえ、コピー機のページ順まで間違えやがった。会社の基本的な備品すら使えないのかよ!」彼はジャケットをソファに放り投げた。「名門大学出だろうが関係ないね。人事にはクビにするよう言っておく」
「ただ緊張してるだけじゃない?」私は彼にビールを持って行きながら言った。「新しい職場だし、上司も怖い人だし……」
「俺は怖くなんてない」彼はビールを受け取ったが、私を見ようとはしなかった。「当たり前の基準を求めているだけだ」
それから一週間後、変化が訪れた。
「清水のやつ、今日は残業して四半期報告書の整理を手伝ってくれたんだ」帰宅した達也は笑顔だった。「あいつもようやくコツを掴んできたみたいだ」
「それは……よかったわね」私はカレーをかき混ぜながら答えた。「じゃあ、クビにはしないの?」
「ああ。あいつには見込みがある。慣れるのに時間が必要だっただけさ」彼はキッチンカウンターに寄りかかり、私を見た。「そっちはどうだった?」
空っぽ。孤独。三ヶ月後に迫っているはずなのに、まるでファンタジーのように現実味のない結婚式のために、ナプキンの色選びに三時間もかけてしまった。でも、そんなことは口に出せない。
「順調よ」代わりに私はそう言った。「お花屋さんの予約も確定したわ」
「それはよかった」
彼の携帯が震えた。彼がそれを取り出すと、またあの笑顔が戻ってきた――私には向けられていなかった笑顔が。彼は何かを打ち込み、小さく笑い声を漏らすと、携帯をしまった。「悪い。清水が明日の会議について聞きたいことがあるらしくて」
まだ夜の八時だというのに。
二週目に入る頃には、結婚式の話題よりも清水葵の名前が出る回数の方が多くなっていた。
「今日のあいつを見せてやりたかったよ。完璧な分析資料を用意してきてさ。葵は市場の動向を本当によく理解してる」夕食の席で、達也は生き生きと語った。「あいつは鋭いよ。本当に優秀だ」
「ふうん」私は皿の上の料理を箸でつついた。
「あいつ、集中してるとこうやって首を傾げる癖があるんだけど、それが何というか……」彼はハッとして言葉を切り、咳払いをした。「で、テーブルの花がどうとか言ってなかったか?」
「言ってないわ」
「そうか」彼はまたスマホに視線を戻した。
画面をスクロールする彼を見つめる。口元に小さな笑みが浮かんでいるのを見て、胸の奥に冷たいものが澱のように溜まっていくのを感じた。
「達也」
「ん?」
「私って、つまらない女?」
その言葉は彼の気を引いたようだ。彼は顔を上げ、困惑した表情を浮かべた。「は? そんなことないよ。なんだよいきなり」
「分からない。ただ……あなたは私たちの結婚式のことより、葵さんの市場分析のほうに興味があるみたいだから」
「香織」彼は溜息をついた。私が面倒なことを言い出したとでも言いたげな、あの溜息だ。「俺は一日中仕事をしてるんだぞ。家に帰ってきた時くらい仕事の話をするだろ。それとも何か、ただ黙って座ってろって言うのか?」
違う。私の今日一日がどうだったか聞いてほしいの。あなたのお母さんと二時間も電話で席次表について話し合ったんだから、労ってほしいの。さっきスマホに向けていたような顔で、私を見てほしいの。
「そうね」私は静かに言った。「ごめんなさい」
「なんというか……」彼は首を振った。「君は一日中家にいるだろ。結婚式のこと以外に何を話すことがあるんだ? その点、葵とは経営戦略や業界のトレンドについて議論ができる。面白いんだ」
口の中の肉じゃがが、まるで石ころのように感じられた。
翌日、私は気を紛らわせるために親友の石原由衣を連れ出した。買い物を終えた私たちは、とあるカフェに入った。
「香織」テーブル越しに、由衣が私の手を掴んだ。「話さなきゃいけないことがあるの」
「私の従姉妹が、達也さんの会社のビルで働いててね。噂になってるって」由衣は私の指を強く握りしめた。「達也さんと、その秘書のこと」
清水葵。
「なんて言われてるの?」
「二人は……親密だって。すごく親密だって」由衣は唇を噛んだ。「先週だけで三回も二人でランチしてるところを見られてる。それに彼女、いつもドアを閉め切った社長室に籠りきりだって」
私は手を引っ込め、コーヒーカップを両手で包み込んだ。「仕事仲間なんだから、ランチくらい行くわよ、由衣。ドアを閉めるのも、機密事項の打ち合わせなんじゃない?」
「香織――」
「彼は結婚式のことでピリピリしてるだけ」私は自分の口から出る言葉を聞きながら、自分自身にそう言い聞かせていた。「新入社員の教育に、結婚式の準備、それにプロジェクトの管理も重なってるのよ。浮気なんてしてない」
「達也さんはあんたを乗り換えるつもりだって言われてるのよ。新しい『小川夫人』が誕生するって」
コーヒーが舌の上でひどく苦く感じられた。「私たちは七年も一緒にいるのよ。七年よ? 私は彼のためにキャリアも捨てた。毎日彼を支えてる。彼がそんな……」声が震えた。「彼が私にそんなことするはずない」
由衣の瞳は、こぼれ落ちるのを必死に堪えている涙で潤んでいた。「あんたの言う通りだといいんだけど。本当に」
「私の言う通りよ。達也はそんな人じゃない」私は無理やり笑顔を作った。「招待状はもう出したのよ、由衣。式は三ヶ月後なの。心配しすぎよ」
彼女はゆっくりと頷いた。
その夜、家に帰っても胸騒ぎが消えなかった。達也はまだ戻らず、私は深夜を過ぎても彼を待ち続けた。
午前一時。壁の時計が時を刻むたび、私を嘲笑っているかのように響く。
四回電話した。メッセージは六通送った。「どこにいるの? 大丈夫? 無事かどうかだけでも教えて」
返信はない。
夕食に作った味噌汁は、机の上ですっかり冷え切っていた。ラップをかけ、外し、温め直し、また冷ます。ただの無意味な作業。手の震えを止めるために、何かをしていないと耐えられなかった。
午前一時四十七分、ようやくドアが開いた。
達也が足をもつれさせながら入ってきた。酒の臭いと、それ以外の何かの臭いをプンプンさせている。香水だ。甘いフローラルの香り。私がつけているものとは似ても似つかない香りだった。
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