第10章

一ノ瀬紗月は抵抗しなかった。けれど、身体だけが一瞬、こわばった。

伏せたままの視線を窓の外へ落とす。車と人であふれる通りを眺めながら、波の立たない声で言った。

「この絵……新しく届いたの?」

壁には、雰囲気の違う絵が何枚も掛けられている。最近、彼が高額で競り落とし、彼女の機嫌を取るためにわざわざ運び込ませたものだ。

「うん。気に入った?」九条湊は腕に力を込め、彼女の体温を確かめようとする。「紗月が好きなら、ギャラリー全部、絵で埋め尽くす」

「九条湊」

一ノ瀬紗月がふいに口を挟み、空っぽの約束を断ち切った。

「覚えてる? 私たちが結婚したとき、あなたがこのギャラリーをくれたでしょう...

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