第100章

仮死――それが、一ノ瀬紗月が九条湊から完全に逃れ、新しい人生を始めるための唯一の道だった。

滝尾唱子は、彼女の決意が揺るがないことを悟る。これ以上言っても無駄だと分かったのか、重く息を吐いた。

「分かった。あんたが決めたなら、私も全力で動く。逃走ルートと偽の身分は、もう手配させてる。ここ数日はとにかく慎重に。九条湊の前で、絶対にボロを出さないで」

紗月は小さくうなずいた。コーヒーカップを持ち上げた、その瞬間――視界の端が、斜め前の半個室をかすめる。

動きがぴたりと止まった。

澄んだ瞳が、一気に鋭さを帯びる。

珠のれんが半分だけ掛かったその席に、男が二人。

ひとりは神谷信太。そし...

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