第114章

砂を握りしめているみたいだった。力を込めれば込めるほど、指の隙間からさらさらと零れ落ちていく。

彼はずっと感じていた。一ノ瀬紗月が、どんどん遠ざかっていく。手を伸ばしても届かないほどに――もう、完全に掴めなくなるほどに。

午前九時。都心のクリエイティブパーク。

一ノ瀬紗月が地下駐車場のエレベーターを降り、スタジオの扉へ向かおうとした、その途中だった。

廊下に、甲高く耳障りな女の声が響き渡る。

「一ノ瀬紗月! ちょっと、待ちなさい!」

紗月は足を止めかけ、冷えた視線だけを向けた。

そこにいたのは一ノ瀬美琴。だぶだぶのマタニティワンピースに、サングラスとマスク。ぺたんこの靴でどすど...

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