第126章

九条湊が立ち去った途端、一ノ瀬紗月の顔から、あの柔らかな微笑みは跡形もなく消えた。

警察署の正面玄関を出て、路肩でタクシーを拾おうと立ち止まる。冷たい風が頬を撫で、薄い身体が小さく震えた。

黒いベントレーが、音もなく彼女の前へすべるように停まる。

窓が下がり、運転席に神谷蓮がいた。

濃いグレーのシャツ。襟元は少しだけ開き、顎のラインは硬く張り詰めている。深い瞳の奥には、凍てつくような怒りが押し殺されていた。

「乗れ」

紗月はドアを開け、助手席へ滑り込む。

車内にはほのかなシダーの香り。ドアが閉まった瞬間、朝から張り詰めていた神経がぷつりと切れた。

本革のシートに身を預け、疲れ...

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