第35章

「怒るなよ、な?」

彼は露骨に態度を柔らげ、声の端に卑屈なほどの懇願を滲ませた。

「認める。俺が悪かった。お前を尾けたり、八つ当たりしたり……ただ、怖かったんだ。お前が本当に俺のところからいなくなるんじゃないかって」

一ノ瀬紗月はぱたりと本を閉じ、ようやく視線を上げた。

薄暗がりに浮かぶその瞳は冷ややかで、深い潭の水面みたいに凪いでいる。波紋ひとつ、立たない。

彼女は何も言わない。ただ静かに見つめ返す。

見られているだけで九条湊の背中がぞわりと粟立ち、用意していた言い訳も弁解も、喉の奥で詰まった。

――黙っているのは、抗議だ。まだ怒りが消えていないんだ。

そう思い込んだ...

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