第38章

彼は苛立ちまぎれにスマホの消音ボタンを押した。――が、その音は、すでに一ノ瀬紗月の耳に入っていた。

九条湊の顔が、みるみる朱に染まる。慌てて言い訳を探した、その瞬間。

「会社のほう、本当に急用みたいね」

一ノ瀬紗月は、ちょうどいい塩梅の心配と気遣いを顔に浮かべた。

「お仕事が大事よ。向こうを待たせたらいけないわ。ここは山本さんもいるし、私は大丈夫。気にしないで行って」

それどころか、彼が逃げられるように理由まで整え、そっと一ノ瀬美琴のほうへ押し出す。

九条湊はぎくりとした。唇に乗った「優しい」微笑みが、本心のいたわりなのか、無言の皮肉なのか――判別できない。

けれど今の彼に考える...

ログインして続きを読む