第56章

彼女の言う「ある人」が誰を指しているのか――言わずもがな、だ。

一ノ瀬美琴は気分よくその言葉を聞き、さらに何か言い返そうとした。だがその瞬間、藤原美咲が彼女の腕をそっと引き、声を潜める。

「美琴、見て。あれ……お姉さんじゃない?」

美琴は彼女の指した先へ視線を向けた。すると、オーダーメイドの高級ブティックの中に、一ノ瀬紗月の後ろ姿が見えた。

紗月は背を向けたままスタッフと何か話している。淡い色味のワンピースが、もともと細いラインをさらにしなやかに際立たせていた。ひんやりとした清潔感のある佇まいが、きらびやかな店内で逆に目を引く。まるで、そこだけ別の景色みたいに。

美琴の目つきが、すっ...

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