第83章

一ノ瀬紗月は瞳の奥に浮かんだ嘲りをすっと畳み、声の温度だけを少し落とした。まるで譲歩したかのように。

「……もういい。信じてあげる」

その一言に、九条湊の目がぱっと輝いた。

紗月がようやく折れた。自分の言い訳が通った。そう思い込んだ彼は、調子に乗って半歩だけ距離を詰める。声は甘く、滴りそうなほど柔らかい。

「紗月、もう遅いし……今夜は俺、ここに残っていい? ソファで寝るから。何もしない。約束する。ただ、君を見ていられれば……」

「無理」

一ノ瀬紗月は容赦なく、その幻想を切り落とした。温度は元通り、氷みたいに冷たい。

「パリのコンペ用のデザインを仕上げないといけないの。あなたの相...

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