第166章 盗んできたような幸せ

 彼女は、実のところキスがあまり得意じゃない……。

 経験らしい経験といえば、吉野結人が酔っぱらったあの夜が一度あるくらいだ。

 けれどあれは、ほとんどキスとは呼べなかった。正確に言うなら、ただ無我夢中で噛みついただけに近い。

 キスのイメージは、読んできた小説や、観てきた映画やドラマの中にあるものばかりだった。

 川崎綾人は彼女を大切にしてくれる。何もかもが段階を踏んでいて、まるで少年少女の恋みたいに、まずは花束から始まり、それからようやく手をつなぐ。

 キスだって、いつもほんの少し触れるだけで終わっていた。

 だから浅野莉緒は緊張していたし、身体もやけに強張ってしまう。

 ...

ログインして続きを読む