第165章 ここに張り付いている必要はない

周防蘭は足を止め、結城永司を一瞥した。

彼はそこに立ち尽くしていた。スーツは皺だらけで、髪も乱れている。右の襟元には、小さな水染みがひとつ――。

望月朝夜の額の汗が擦りついたものだ。

こんな結城永司を、周防蘭は見たことがない。彼女は踵を返し、入院手続きをしに行った。

廊下が、また静かになる。

結城永司の脳裏に、いろいろな場面が浮かんだ。

彼女が結城家を出ていった日。あまりにも静かで、ウォークインクローゼットの、タグも外していない服にすら手をつけなかった。

ほかにも、いくつも、いくつも――。

結城永司の中に残ったのは、たったひとつの思いだけ。

彼女に、何かあってはいけない。

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