第7話

写真は葵がたった今撮ったものだった。

和也が慌てて雪菜を抱き寄せた瞬間の、二人のひどく親密そうな姿が写っている。

梨乃が覗き込み、再び和也への毒づきを始めた。

「まだ離婚もしてないのにイチャついちゃって。何、あのぶりっ子、明日には死ぬ病気なの?」

その言葉に、葵はくすりと笑みをこぼした。

「愛し合ってるなら結構なことじゃない。私は全然気にしないわ」

いっそベッドの写真でも撮れたら最高なんだけど。

梨乃は一歩後ずさると、胡散臭そうに葵を上から下まで舐め回すように見た。

「ちょっと、あんたそんなえげつないこと考えてたの?」

葵はスマホをひらひらと揺らす。

「これが何だか分かる?」

梨乃は即座にジト目を向けた。

「バカにしないでよ。見れば分かるわ」

そのとき、弁護士から着信が入った。

『夏目さん、離婚協議書を新たに作成し直しました』

「ええ。夫の不倫写真が手に入ったんですけど、これで財産分与は増やせますか?」

葵は淡々と尋ねた。

『承知いたしました。では、時期が来ましたらご主人にお渡しください』

通話を切り、葵は意味深な笑みを浮かべる。

「もっと親密になってくれるといいんだけど」

梨乃は葵の肩に腕を回した。

「あんた最高。クズ男はそうやって徹底的に痛めつけなきゃ。離婚前から発情するなんて、ほんと気持ち悪い」

葵はただ淡々と微笑んでいた。

すぐに弁護士から文書のデータが送られてきた。

「うわっ、三割!」

梨乃は驚きの声を上げると、自分のスマホを取り出し、猛烈な勢いで電卓を叩き始めた。

「和也の今の資産から計算すると……あんた、数百億は持っていけるじゃない!」

再び葵を見る梨乃の目は、すっかりお金のマークになっていた。

だが、ひとしきり喜んだ後、梨乃はふと心配そうな顔を見せた。

「でも、藤原家がすんなり認めるかな?」

葵はスマホを揺らす。

「彼が認めないなら、大事な『高嶺の花』が社会的に抹殺されるだけよ。彼にそんな覚悟あると思う?」

もし見捨てたとしても、二人の間には確実に亀裂が入る。雪菜の執念深い性格を考えれば、和也をただで済ませるはずがない。

「えげつない……さすがだわ」

梨乃は改めて感嘆の息を漏らした。

しかし、この数年間の親友の苦労を思い出し、再びため息をつく。

「和也のどこが良くて、あんなに何年も自分を押し殺して尽くしてきたんだか」

葵は自嘲気味に笑った。

「ただのバカだったのよ」

だが、沈んだのは一瞬だけで、すぐにまた笑顔を取り戻した。

「せっかく遊びに来たんだし、こんなことで悩むのはもったいないわ。楽しまなきゃ」

そう言って、葵は海辺へと歩き出す。

梨乃も慌ててその後を追った。

一方、ホテルの部屋に戻った和也は、葵のことで頭がいっぱいになっていた。

もともと目を引く容姿なのに、あんな水着でスタイルの良さを晒して……一体どれだけの男に見られるか分かったものではない。

考えれば考えるほど、苛立ちが募る。

「和也」

雪菜が彼から体を離し、微笑みかける。

「気分が悪いから、お水をもらえないかな?」

「ああ」

和也はすぐに立ち上がり、グラスに水を注いだ。

それを手渡しながら、何か言いたげに彼女を見つめる。

雪菜は顔を上げて彼の視線を受け止めると、からかうように笑った。

「和也、本当は葵さんのことが気になってるんでしょ? 彼女もあなたのことを気にしてるみたいだし。今日のあれも、きっとあなたに嫉妬してほしかったのよ。彼女のところに行ってあげたら?」

――わざと?

和也の瞳に嫌悪の色が走る。

彼は冷たく鼻で笑った。

「俺の気を引きたいだけだ。放っておけばいい」

会社に送りつけられた大量のアダルトグッズを思い出し、和也の目つきはさらに冷ややかになった。

あの件を問い詰めずにいてやっているだけでも温情だというのに、俺に嫉妬させたいだと?

ふざけるな。

だが、心の奥底でほんのわずかな疼きが生まれ、和也の口角は無意識のうちに上がっていた。

その笑みを見て、雪菜の瞳の奥に一瞬だけ暗い影がよぎる。

(だめ、和也と決定的な関係を持たなきゃ。彼が自分の気持ちに気づいてしまったら、私の完全な負けになる)

雪菜はグラスを置き、立ち上がって和也のそばへ歩み寄った。

彼の首に腕を回し、自らその胸にすり寄る。

「和也……学生時代にくれた約束、覚えてる?」

和也の体がびくっと強張った。

雪菜はそれに気づかず、彼の胸に耳を押し当てるようにして寄り添う。

「あなたが葵さんに責任を感じてるのは分かってる。でも、私は気にしない。ママがいなくなって、私のそばにいてくれるのはもうあなただけなの。和也、私を見捨てたりしないよね?」

「もちろんだ」

和也は約束を口にした。

雪菜の髪を優しく撫で、低い声でなだめる。

「怖がらなくていい。俺がいる限り、誰にも君を傷つけさせない」

雪菜の腕にこもる力が強くなった。

「でも、私はあなたと一つになりたい。誰よりも親密な関係になりたいの」

彼女は顔を上げ、強い意志の宿る瞳で彼を見つめた。

その言葉に、和也は無意識に彼女を離し、一歩後ずさった。

――私を拒絶する気?

雪菜は背伸びをし、自ら唇を重ねようとした。

和也は顔を背ける。

次の瞬間、和也は力強く彼女を突き放した。

「よせ!」

――よせ?

雪菜は目を赤くし、涙声で訴えた。

「ふざけてなんかないわ。この数年、あなたが葵さんに触れなかったのは……私を待っていてくれたからでしょ?」

和也は腕を下ろし、うつむいた。その目には珍しく戸惑いが浮かんでいる。

――俺は本当に、雪菜を待っていたのか?

「和也、私を抱いて」

雪菜は再び彼にすがりつき、シャツのボタンに手をかけた。

「だめだ」

和也は彼女の手を払いのけた。

数歩後ずさり、努めて優しい声を取り繕う。

「具合が悪いなら、しっかり休んだほうがいい。俺は用事があるから」

そう言い残し、和也は背を向けて立ち去った。

バタン――。

扉が閉まる。

雪菜はその場にへたり込み、自嘲するように笑い出した。

「ふふっ……」

私が、葵なんかに負けたっていうの?

その頃、和也の頭の中もぐちゃぐちゃに乱れていた。

先ほど雪菜が近づいてきた瞬間、彼の脳裏に浮かんだのは、あろうことか葵の姿だったのだ。

もしあんなところを葵に見られたら、また騒ぎ立てるに違いない。

「和也?」

親友の一人である赤松烈(あかまつ れつ)が歩いてきて、彼を見るなり明らかに虚を突かれた顔をした。

烈は和也の後ろの閉ざされたドアに目をやり、不思議そうに尋ねる。

「雪菜ちゃんと喧嘩でもしたのか?」

「してない」

和也は即座に否定した。

苛立ちが収まらず、烈とまともに言葉を交わす余裕すらない。

「処理しなきゃならない仕事がある。先に行くぞ」

そう言い捨て、烈の横を通り抜けて大股で歩き去った。

烈は和也の背中をしばらく見つめていたが、やがて雪菜の部屋の前に立ち、ドアをノックした。

すぐに鍵が開く音がして、真っ赤に腫らした目の雪菜が、ぱっと顔を輝かせてドアを開けた。

だが相手の顔を見た瞬間、その瞳からすっと光が消える。

「……どうしてあなたが?」

あからさまに落胆した声色に、烈はからかうように笑った。

「和也じゃなくてそんなにがっかりした?」

和也の名前を出され、雪菜の目はさらに赤みを増した。

だが、目の前の烈を見つめるうちに、彼女の頭にふとある考えが閃いた。

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