第272章

「くしゅん」

 星谷由弥子は万事師匠にペットボトルを渡した直後、くしゃみをした。

「ママ、大丈夫?」

 即座に天宮拓海が心配そうな声を上げる。

「平気よ、ちょっと鼻がむず痒かっただけ。いい子だから、先におじさんのところへ行ってらっしゃい。ママは手を拭いてから行くわ」

 小さな男の子は素直に頷き、白石安広の方へ駆け出しながら、父親からの電話に出た。

 現在地と今の気分を報告すると、彼はきっぱりと通話を切る。余計な無駄話は一切なかった。

 誰もこの些細な幕間に気づく者はいなかった。

「山に登るぞ、早くついて来い!」

 白石安広は駆け寄ってきた天宮拓海を抱き上げ、声を張り上げた。...

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