第172章

車は住宅棟の前で、すっと静かに停まった。

夜風がひんやりと肌を撫でる。日向雫は身に掛けた大きめの黒いスーツジャケットの前をきゅっと寄せ、気づかれないように横へ半歩ずれて、鷹司蓮矢との距離をわざと空けた。

男はそのわずかな身引きを横目で捉え、瞳の色をわずかに沈める。胸の奥をかすめた苦い思いを飲み込み、何事もないふりをして車道側を歩いた。

二人は終始無言のまま階段を上がり、目的の部屋の前に立つ。

日向雫が手を上げ、コンコンと扉を叩いた。

数秒後。

扉が内側へ、ほんのわずかに開く。

室内は薄暗く、見えるのは怯えて泳ぐ目だけだった。

女性デザイナーの上田絢子は警戒するように外をうかが...

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