第2章

正直、映画館で隆二に会うなんて思ってもみなかった。

直人から午後八時の回を提案されたとき、私はほとんど即答だった。昨日の隆二からの【いいね】は、絶対に偶然なんかじゃない。私はほくそ笑んだ。男の人って、やっぱりこっちから少し背中を押してあげないとダメなんだな。

「どのジャンルが観たい?」券売機の前で直人が振り返る。その優しい茶色の瞳は期待に満ちていた。

私はわざとホラー映画を選んだ。「これなんてどうかな? ちょっと挑戦してみたいんだ」

もし隆二が本気で私を追いかけ始めるなら、もっと大人っぽく見せないと。私は内心で計算する。もう子供みたいな振る舞いはできない。

直人は一瞬ためらったが、それでも頷いた。「うん、僕も……挑戦してみたいかな」

私は彼の声に含まれた不安に全く気づかなかった。私の頭の中は、今日の服装に対する隆二の反応を想像することでいっぱいだった――この暗い雰囲気にぴったりな、黒いVネックのドレスをわざわざ選んできたのだ。

映画館はちょうどいい暗さだった。私と直人は席を見つけて腰を下ろす。予告編が終わるとすぐに、ホラー映画の不気味な音楽が流れ始めた。

「美香……」直人の声は緊張しているようだった。

「どうしたの?」彼の方を向くと、その手がすでに肘掛けを固く握りしめているのが見えた。

血まみれの幽霊の顔が、甲高い悲鳴と共にスクリーンに飛び出してきた。直人は文字通り席から飛び上がり、そして……なんと、私の方に縮こまってきたのだ。

「やばっ……ごめん、こんなに怖いとは思わなくて」。彼はほとんど私の肩に寄りかかるようにして、そう囁いた。

私は笑っていいのか泣いていいのか分からなかった。この人、普段は結構タフそうに見えるのに、ホラー映画は全然ダメなんだ。まあ、でも、なんか可愛いかも。私は思わず、彼の面倒を見てあげたい気分になった。

「大丈夫だよ、ただの特殊効果だから」。私は優しく彼を慰め、その腕に手を伸ばして軽く叩いた。

直人は感謝するように私を見つめ、スクリーンの光に照らされたその横顔は、ひときわ優しく見えた。「本当に、勇気あるんだね」

雰囲気が、不意に親密なものになった。ホラー映画はまるでBGMのように遠のき、耳元で直人の息遣いが聞こえ、彼の手がゆっくりと私の手に重ねられる。

「美香……」彼は私の名前を囁き、ゆっくりと顔を近づけてくる。

心臓が急に速くなった。これ、本気で……私は目を閉じる。直人の唇はもうほんの数センチ先で、彼の体温さえ感じられそうで……

「ちゃんと座って映画を観ろ」

背後から聞こえてきた氷のように冷たい声が、まるで冷水を浴びせられたかのように、ロマンチックな緊張感を一瞬で消し去った。

私は完全に凍りつき、反射的に背筋を伸ばした。嘘……こんな偶然って、ありえない……

ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは鍋の底のように真っ黒な顔をした隆二だった。彼は私たちの後ろの列に座っていて、隣には小百合が、同情的な目つきでこちらを見ていた。

「うわっ!」張り詰めた空気を全く読まずに、直人が突然興奮した声を上げた。「渡辺隆二さんじゃないですか!」。

隆二の眉がわずかに上がる。「俺のことを知っているのか?」。

「もちろんです! 俺たちの建築学科では伝説ですよ!」直人の目は星のように輝いた。「俺、環境工学なんですけど、ずっと先輩の作品に憧れてて! あの受賞したグリーンビルディングプロジェクト、本当に最高でした!」

死にたくなった。直人、今、本気で目を輝かせてる? しかも相手がよりによって隆二だなんて。

「そうか」隆二の声は落ち着いていたが、その声音に含まれる冷たさを私は感じ取った。「喜んで」

「あ、あの……一緒に写真、撮ってもらえませんか?」直人の声は興奮で震えていた。

周りの観客たちが迷惑そうに「シーッ」という音を立て始めたが、直人は憧れの人物に会えた興奮に完全に我を忘れていた。

隆二は感情のこもらない笑みを浮かべて頷いた。「もちろん。後で美香に連絡先を送らせるから」

私に送らせる?私は目を見開いた。一体どういうつもりなんだろう。

「やった! 美香、隆二さんと知り合いだったんだ!」直人が私の手を掴み、その目は称賛に満ちていた。「ツイてるな!」

ツイてるわけないでしょ。私は心の中で怒鳴った。この状況がどれだけ複雑か、分かってるの?

後ろから小百合が軽く咳払いをした。「あの、おしゃべりは別の場所にした方がいいんじゃないかな? ここ、映画館だし……」

「そうだな」隆二は立ち上がった。「それと美香は帰れ。門限があるだろ」

「門限?」直人が不思議そうに私を見た。「何時が門限なの?」

私が抗議しようとした時には、もう隆二は私たちの列まで歩いてきていた。「美香、行くぞ」

それは提案ではなかった。命令だった。私にはそれが分かった。

一体なんなの、この人。だけど隆二の黒い瞳に見つめられると、私はなんだか気圧されてしまった。長年の習慣で、思わず彼に従いたくなってしまう。

「でも、まだ映画、終わってないし……」私は弱々しく抗議した。

「映画はいつでも観れる」隆二の口調は一切の反論を許さなかった。「もう帰る時間だ」

直人はその緊張感に全く気づかず、むしろ感謝の眼差しで隆二を見ていた。「その通りですね。女の子はやっぱり早く帰らないと。美香、映画はまた今度計画しよう」

直人、この鈍感男!バカ!私は心の中で絶叫した。もうちょっと男らしく言い返せないの!?

そうして、私は完全に混乱したまま、半ば強制的に隆二に映画館から連れ出された。直人は後ろから「後輩のことまで気にかけてくださって、本当にありがとうございます」などと言いながら、隆二に感謝し続けていた。

駐車場で、隆二は彼の黒いメルセデスのドアを開けた。「乗れ」

私は一瞬ためらった。後部座席にはすでに小百合が乗っていて、「早く車に乗りなさい」と手で合図している。

助手席に座った瞬間、空気が重くなった。隆二はエンジンをかけたが、すぐには発車しない。代わりに、こちらを向いた。

「お前たち、どこまで進んだんだ?」

彼の声は落ち着いていたが、その底にある感情のうねりを感じ取れた。

来た。これぞ当て馬が嫉妬する王道シーン。そう考えると、なんだか少しワクワクしてきた。彼が知りたいなら、思う存分やきもきさせてやろう。

「起こるべきことは全部起こったわよ!」。私は挑発的に彼を見つめた。「そんなことまで報告する必要ある?」

隆二のハンドルを握る手に、ぐっと力が入った。手の甲に血管が浮き出ているのが見える。

「よく考えてから言え」彼の声は警告するように、とても低かった。

しかし、私はもう火がついていた。どうせ『男の嫉妬を煽る』ゲームをするなら、とことんやってやろう。

「まあ、大変よね」私は甘い声で言った。「こんな夜遅くに、わざわざ私のプライベートに干渉するために来なくちゃいけないんだから」

隆二は完全に硬直した。後部座席の小百合でさえ、死んだふりをして完全に沈黙している。

車内の空気が凍りついたようだった。自分の心臓の音だけが聞こえる。隆二の筋肉は張り詰め、必死に自分を抑えようとしているように見えた。

私……やりすぎたかな?その考えがふと頭をよぎり、少し不安になった。

でも、すぐに思い直す。いや、これは明らかに彼の嫉妬よ! 小説でもこう書かれてるじゃない? 当て馬が怒れば怒るほど、ヒロインのことを気にかけてるってことなのよ。

そう考えると、私はむしろ少し得意な気分になった。どうやらこの戦略は本当に効果があるらしい――隆二が、ついに動き出したのだ。

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