第109章 誰のため

夏目千尋の身体から、清らかな香りがふわりと漂ってくる。

神崎雅臣には、それが何の香りなのか言い当てられない。けれど、妙に馴染みがあった。

昨夜、停電したときだ。

暗がりの中で「新しく入った使用人です」と名乗る女が薬を差し出した。その時、かすかに――同じ匂いを嗅いだ気がする。

夏目千尋は彼の正面に立ち、データの説明を続けている。小さく首を傾け、指先で報告書の一行を示した。

その動きに合わせて、淡い香りがまた流れ込んだ。

神崎雅臣は眉間に皺を寄せる。

……違う。

アンナが、真夜中に御英レジデンスにいるはずがない。

彼は夏目千尋の横顔を二秒ほど見つめた。

考えすぎだ。

最近、...

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