第116章 手間を増やすな

神崎雅臣が、ふっと眉を上げた。

リビングにいた夏目千尋も、ダイニングテーブルの前に立つ彼の姿を視界の端で捉えた瞬間――頭の中が、どん、と鳴った。

やばい。

あの絵、昨夜描き終えたままテーブルに置きっぱなしだった。

夏目千尋の頬が、さらに熱を帯びる。熱のせいなのか、気まずさのせいなのか、自分でも判別がつかなかった。

「……あの、神崎社長」

咳払いをひとつ。声は、紙やすりで擦ったみたいにガラガラだ。

「その絵、社長に……。お詫びのつもりで描きました」

神崎雅臣が振り返り、彼女を見る。

夏目千尋はソファの肘掛けに手をつき、できるだけ平静を装った。

「この前、道路で……わざとじゃ...

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