第88章 危うくバレそうになった

夏目千尋の頭の中が、真っ白になった。

神崎雅臣の視線が自分の頬のあたりに落ちているのが分かる。――返事を待っている。

「神崎社長、忘れましたか。わ、私……この近くで犬の散歩をしてたときに、足をひねって」

乾いた唇を舐め、声の高さを必死に抑える。

「だから、覚えてて……。でも、どの棟にお住まいかまでは知りません」

言い終えたあと、ほんの一拍。

神崎雅臣が、彼女を二秒ほど見つめた。

千尋は振り向けない。視界の端で、彼の指が肘掛けをトン、トンと叩き、それから視線が引っ込む。

「御英レジデンスの七号だ」

心臓が喉から飛び出しそうになる。もちろん知っている。

でも、知っている顔はで...

ログインして続きを読む