第3章 禁忌魔法の噂
シャンデリアが宴会場の隅々までを照らし出す。私はエドモンドの腕を取り、周囲から寄せられる羨望の眼差しを感じていた。
「モントロイ伯爵夫妻がいらっしゃったわ」と、人垣の中から囁き声が聞こえる。
エドモンドは王国でも指折りの魔法クリスタル工房を所有しており、そのおかげで社交界の注目の的となっていた。何人かの男爵や子爵が、協力の機会を求める渇望を目に宿しながらこちらへ歩いてくるのが見えた。
「エドモンド殿、近頃、新型の通信水晶を開発されたと伺いましたぞ?」魔法使いらしい装いの男爵が、待ちきれないといった様子で尋ねてくる。
エドモンドは礼儀正しく頷き、微笑んだ。
「いかにも。ですが、現在はまだ試験段階にあります」
一方では、数人の貴族の奥様たちが扇で半ば顔を隠し、私を値踏みするように窺っていた。その眼差しには、賞賛と共に嫉妬の色が混じっている。魔法学院の指導者という私の学術的地位が、エドモンドの貴族としての身分と完璧に補い合っていること。それが他の奥方たちにとって羨望と不満の種であることは、私にも分かっていた。
宴会が終わり、私たちは城の寝室へと戻った。私がマントを解いてやると、指先がエドモンドの肩をそっと滑る。
「エレナ、今夜の君は格別に魅力的だ」彼は振り返り、私の手を捕らえた。「そのドレス、とてもよく似合っている」
私は微笑みながら彼に寄り添う。
「そう?あなたの視線を、ずっと私だけに留めておきたかっただけよ」
エドモンドの手が私の腰から臀部を這う。私の身体はそれに応え、ますます熱く、渇きを増していく。そして、私たちの魂と身体が完全に溶け合うまで……。
前世では、このような親密さを厭うこともあった。だが今の私は、その一瞬一瞬を慈しんでいる。
事の後、エドモンドはベッドの傍らで工房の書類を片付け始め、私は伝説集を手に取った。読書を装いながら、実のところは二度目の人生について思案していた。
「イザベラから連絡があった」エドモンドが不意に口を開いた。「竜島の魔法資源調査で新たな発見があったそうだ」
私の身体が瞬時にこわばる。
イザベラ。天賦の才に恵まれながらも禁忌を物ともしない女魔法使いで、エドモンドにとっては王国魔法学院の後輩にあたる。学生時代、禁忌魔法と錬金術の融合を探求し続けたことで魔法学院を追放された、私たち世代の有名人だった。エドモンドは、そんな悪名高い後輩を拾い、魔法クリスタル工房の仕事に関わらせている。
以前、彼女が禁忌魔法で生物を、それも男の赤ちゃんを錬成したという噂が流れたことがあった。錬金術ギルドは生物の錬成を固く禁じている。それは生命への冒涜であり、ギルドが調査に乗り出すほどの騒ぎとなった。最終的にエドモンドが介入したことで、事件はようやく収束したのだ。
私は探るように尋ねた。
「噂の、イザベラが男の赤ちゃんを錬成したっていう件……」
それを聞いたエドモンドの顔が一瞬引きつったが、すぐに表情を取り繕った。
「ただの噂だ。もう解決した」
「でも、彼女の家から赤ちゃんの泣き声が聞こえたって言う人も……」
エドモンドは手元の仕事を置き、ベッドサイドに腰掛けると、私の手を握って不安を和らげようとした。
「イザベラは以前から禁忌魔法に傾倒していてね。確かに生物の錬成も試していたが、カエルやトンボといった類のもので、どれも失敗に終わっている。生き物を錬成するのが、そう簡単なことではないんだ。ましてや、生きた赤ちゃんなんて」
私は憂いを顔に浮かべて言った。
「ただ、彼女があなたとクリスタル工房に迷惑をかけるんじゃないかと心配なの。ギルドはもう彼女に目を付けているわ」
エドモンドは私を抱き寄せた。
「俺の心配はしなくていい。イザベラは天才だ。天才というのは、いつだって自由を求めるものさ。イザベラの今回の発見は、我々と工房に数えきれないほどの利益をもたらすだろう」
私は囁くように呟いた。
「イザベラは母親になりたいと強く願っている。その思いが、彼女を何度も禁忌の実験に駆り立てるのではないかと、私は怖いのです」
「それなら彼女に必要なのは禁忌魔法ではなく、男だろうな」
エドモンドの言葉に私は思わず笑ってしまった。彼の無精髭の生えた顎に軽くキスをする。
「世界で一番素敵な男性はもう私のものだから、彼女は次善の策を探すしかないわね」
再び深い口づけを交わす。私は理性を保とうと、霞む視界の中で必死に思考を巡らせ、話題を続けた。
「工房と言えば、エドモンド。前からあなたの魔法研究に参加したいと思っていたの」
彼は驚いたように私を見た。
「本当かい?君は学院での教職のほうを好んでいると思っていたが」彼は私の頬を撫でた。
「学院で誰かに意地悪でもされたか?」
「いいえ」私は微笑んで首を横に振る。「ただ、もっとあなたのそばにいたいだけ」
エドモンドの目に、ふと優しい光が宿った。
「君のためなら、あの図書館に投資したのを覚えているだろう。学院で君に反対する者たちを黙らせるためだったんだ」
あの図書館のことは覚えている。当時、学院内には私の能力を疑い、指導者の地位に不相応だと非難する者もいた。エドモンドが学院史上最大の図書館を寄贈してくれてからは、いかなる流言飛語も私を煩わせることはなくなり、学長ですら私に会うと恭しく接するようになった。
「エドモンド」私は深く息を吸った。「子供が欲しいの」
彼の手が宙で止まり、その目に、見逃してしまいそうなほど微かな狼狽がよぎった。
「エレナ、出産が君にとってどれほど大きなリスクを伴うか、分かっているだろう」
私は幼い頃から病弱で、医師からは出産には慎重になるよう言いつけられていた。
「エドモンドのためなら、喜んで危険を冒すわ」私は彼の目を見つめる。「たとえそのために命を失うことになったとしても、怖くはない」
そう口にしながら、私は心の中で自嘲した。
虚ろな愛のために、私はすでに一度、命を差し出している。
だが、エドモンドのような完璧な夫のために、危険を冒して後継ぎを産む——それには価値がある!
翌日、私たちは郊外のエルフの治療所を訪れた。セリナ薬師は入念な診察の後、難しい顔をした。
「伯爵奥様、あなたの脈は弱く、魔法元素も少々乱れております」彼女は静かな声で言った。
「まずは月光草を三ヶ月服用してお身体を整え、それから世継ぎをお考えになるのがよろしいかと」
治療所を後にして、エドモンドは私を郊外のカフェへ連れて行ってくれた。春の日差しは暖かく、それでいて眩しすぎない。私たちはテラス席に座り、つかの間の静かな時間を楽しんだ。
「バニラシェイクを一つ」私は給仕にそう告げ、エドモンドに向き直る。「子供のためだから、これが最後の冷たいデザートね」
私はこのカフェの常連で、バニラシェイクは私のお気に入りの氷菓子だ。店の主人である禿頭の小柄なドワーフが自ら開発した看板商品でもあるのだが、このような食べ物が妊活に良くないことは明らかだった。
ダグラスが自らシェイクを運んできてくれた。「伯爵奥様、どうぞ」
私は彼の、一年中違うデザインのかつらを見やり、風の呪文でそっと息を吹きかけた。
「おっとっと!」ダグラスは慌ててかつらを押さえ、その様はなんとも滑稽だった。
私は笑いながらシェイクを味わい始める。エドモンドが心配そうに私を見た。「身体は大丈夫か?」
「大丈夫よ」私は微笑んで一口差し出す。「エドモンドも味見してみて」
エドモンドは用心深く一口すすると、眉をひそめた。「ちょっと冷たいが、味は悪くないな」
私たちがこの和やかなひとときを過ごしていると、エドモンドの魔法通信クリスタルが不意に光を放った。
「すまない、エレナ」彼は通信内容を確認すると立ち上がった。「工房で緊急事態だ。私がいなければ処理できない魔法実験がある」
私は頷いて理解を示し、エドモンドを見送った。一人で魔法学院へ戻る道すがら、学院の門前で、見覚えのある人影を見つけた——レオン・デュバル騎士だ。
「エレナ」彼は早足で近づき、懐から小さな物を取り出した。「これを君に返したい」
それはお守りだった。私が騎士訓練所にいた頃、彼に贈ったものだ。
「必要ありません」私は冷たく言い放ち、レオンを避けて通り過ぎようとした。
「受け取ってくれ」彼は食い下がる。「これが、俺たちの唯一の繋がりだったんだ」
「『俺たち』など存在しません、レオンさん」私は彼の目を真っ直ぐに見据える。「二度と私の前に現れないでください」
レオンから離れた後、私は学院の門に立つハーフオークの守衛と話をした。
「奥様、あの騎士殿はここ数日、学院の周りをうろついております」守衛は声を潜めて教えてくれた。「どうやら、ずっと奥様をお待ちしているようで」
私の心に警鐘が鳴り響く。レオンは再会した時から、何か良からぬ目的を隠し持っている。そのことには、もうとっくに気づいていた。
家に戻ると、私はすぐに探偵ギルドに連絡を入れた。
「ある人物の動向を監視してほしい」私は通信水晶の向こうにいる探偵に告げた。「その名前は、レオン・デュバル」
悲劇の再演を防ぐには、レオンの全ての動きを知っておかなければならない。








