第5章

記者会見場には、すでに多くの報道陣が詰めかけていた。

本日の会見の趣旨が、黒田大河と園田麻衣による「公開謝罪」だからである。

スキャンダルの匂いを嗅ぎつけた記者たちが、蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。

「おい、この謝罪って本当だと思うか?」

「さすがに会見を開いてまで嘘はつかないだろう」

「じゃあ、あの二人が立花柚月を陥れたのは事実ってことか?」

「もしそうなら特大スクープだぞ。しっかり撮れよ」

記者たちがひそひそと囁き合う中、黒田大河と園田麻衣が遅れて姿を現した。

黒田大河の顔には露骨に不満の色が浮かんでいるが、昨夜一晩中、園田麻衣に泣きつかれた彼には断る術がなかったのだ。

同意しなければ泣く。

それも、これ以上ないほど哀れっぽく。

黒田大河はその涙に抗えなかった。

壇上に上がっても、彼の表情は強張ったまま、口を開こうとしない。

その時、正面の扉が開き、誰も予想していなかった人物が現れた。

立花柚月。

その傍らには、彼女のアシスタントが付き従っている。

入り口に立った立花柚月に、会場中の視線が一斉に突き刺さる。値踏みするような、審判を下すような無遠慮な視線だ。

だが、彼女の伴侶とも呼べる西園寺蓮は会場には入らず、外の車の中で待機していた。

理由は単純だ。

今日は彼女が主役の舞台であり、自分がしゃしゃり出て主客転倒になるべきではないという配慮からだ。

何しろ彼は「映画界の帝王」だ。彼が姿を見せれば、この謝罪会見の趣旨など吹き飛び、誰もが彼にカメラを向けてしまうだろう。

彼女の姿を認め、黒田大河は嫌悪感を隠そうともしなかった。

園田麻衣が、そっと彼の体を小突く。

黒田大河は渋々といった様子で口を開いた。

「今日の会見は、事実関係を明らかにするために開きました。以前の私の発言はすべて間違いでした。立花柚月が不貞を働いた事実はありません。目が覚めた後、私が彼女との記憶をすべて失っていただけです。認めます。私はもう彼女を愛していません。私が愛しているのは、園田麻衣です」

会場がどよめいた。

記者たちが一斉に押し寄せ、マイクを彼の顔に突きつける勢いで迫る。

「では、以前の発言は完全に濡れ衣だったということですか? すべて捏造だったと?」

「園田麻衣のために、妻子を捨てるおつもりですか!」

「これは育児放棄だ! 立花柚月さんが顔に傷を負ったのはあなたを救うためだったという話ですが、それに対して罪悪感はないんですか!」

黒田大河は平然と言い放った。

「全部忘れたんだ。罪悪感など湧くはずがないだろう」

あまりの言い草に、記者たちは言葉を失った。

だが次の瞬間、黒田大河は真っ直ぐに立花柚月を見据えた。

「記憶喪失を言い訳にするつもりはない。俺は心変わりをしたんだと認める。かつて俺たちが愛し合っていたとしても、それは過去の話だ」

「離婚するためにあんな嘘をついた。だが、すべて俺のせいというわけじゃない。君がいつまでも離婚に応じず、しつこく食い下がったから、こうするしかなかったんだ」

彼は悪びれる様子もなく、むしろ被害者のように呆れ顔を見せた。

「俺はただ、愛する人と一緒にいたいだけだ。子供に関しては、君が俺の子だと言うなら責任は取る。だが、これ以上俺につきまとうのはやめてくれ。過去の恩讐はこれでなしだ。これからは二度と会わないでほしい」

「かつては愛していたかもしれない。だが今、俺が愛しているのは、隣にいる彼女だ」

彼は隣に座る園田麻衣の肩を抱き寄せ、慈愛に満ちた表情を向けた。

すべての視線が、艶やかで晴れやかな装いの立花柚月に集まる。

顔に残る傷跡さえも、彼女の美貌を損なうことはない。

だが今この瞬間、その美しさはあまりにも痛々しく映った。

立花柚月の脳裏に、二つの光景が重なった。

数年前、彼女が失意の底にあり、外出すればゴミを投げつけられ、罵声を浴びせられていた頃。

黒田大河はいつも真っ先に駆けつけ、彼女の前に立ちはだかった。

あらゆる汚名と嘲笑から、彼女を庇ってくれた。

そして、大声で世界に宣言してくれたのだ。

『立花柚月は俺の妻だ。誰にも彼女を傷つけさせない』

恍惚の中で、あの日の彼と、目の前の黒田大河が重なり合う。

違うのは、彼の腕の中にいるのが自分ではないということだけ。

彼女はふっと笑った。

どこか凄涼で、けれどそれ以上に憑き物が落ちたような、晴れやかな笑みだった。

「黒田大河。今日この時をもって、あなたは私に何の借りもなくなったわ。私もあなたに借りは作らない。これで貸し借りなしよ」

彼はかつて彼女のために、多くの敵意と罵倒に晒された。

そして今、彼女がその恥辱を受ける番が回ってきただけのこと。

それでいい。

黒田大河は彼女を見つめ、胸の奥に得体の知れない息苦しさを覚えた。だが、その感覚は一瞬で消え去り、彼はそれを「この女から解放される喜び」だと解釈した。

目が覚めて以来、立花柚月の顔を見るたびに理由のない苛立ちを感じていた。

だが今は、奇妙なほど穏やかな気持ちだった。

「その言葉、忘れないでくれよ」

「ええ、忘れないわ」

立花柚月は幼い頃から、筋金入りの頑固者だった。

一度決めたらテコでも動かない、「牛のような強情さ」だと誰かが言っていた。

彼女は自分が決めたことを、決して後悔しない。

かつてキャリアを捨て、迷いなく黒田大河に嫁いだ時のように。その選択を後悔したことは一度もなかった。

そして今日、この決断もまた、未来永劫後悔することはないだろう。

彼女は最後に一度だけ、黒田大河を見た。

見つめているのは現在の彼ではない。三年前の彼だ。

結婚式の日、タキシードに身を包み、嬉しそうに彼女を抱き上げてくるくると回っていた男。

『ユヅ、やっと君を娶ることができた』

『ユヅ、一生君を大切にするよ!』

『ユヅ、君は俺の奥さんだ。これからは大手を振って「俺の妻」と呼べるんだ!』

『ユヅ、君は俺の宝物だ!』

『ユヅ、俺たちはずっと一緒だ。ずっとずっと愛してる』

『ユヅ……』

結婚式の日、彼はたくさんの言葉をくれた。

けれど彼は言わなかった。

ある日突然、何の挨拶もなく、こうして去ってしまう日が来るなんて。

あまりに唐突な別れに、彼女はなす術もなかった。

黒田大河を恨んだこともあった。

あまりに薄情だと。自分が長年連れ添った妻だと信じようともせず、記憶を失っただけで簡単に心変わりできるのかと、彼を憎んだ。

だが今日、彼は淡々と認めた。

記憶喪失など関係ない。ただ、愛がなくなったのだと。

彼女はようやく理解した。愛とはこれほどまでに理不尽なものなのだ。

愛する理由も、愛さなくなる理由も、論理など通用しない。

憎んで、憎んで、それでも最後には、愛の方が少しだけ重かった。

結局のところ、彼女が泥沼でもがいていた時、唯一手を差し伸べてくれたのは彼だったのだから。

あなたとの別れ際があまりに無様だったことが心残りだったけれど、今日の陽射しはこんなにも暖かくて、私は最高に美しく着飾って、こうして体裁よくあなたに別れを告げることができた。

私は泣かなかった。

「さようなら、黒田大河」

「それから、お幸せに」

彼女は群がる記者たちに見向きもせず、きびすを返した。

今度はもう、振り返らなかった。

記者たちは言葉を失い、その華奢な背中をいつまでも見送っていた。

誰かが、ぽつりと漏らした。

「あれが、かつての立花柚月なんだな。彼女は何も変わっていなかった」

美しく、鋭く、気高く、そして勇敢だ。

黒田大河は呆然と立花柚月の背中を見つめていた。

その瞬間、頭が割れるような激痛が走った。

まるで巨大なハンマーで強打されたような衝撃。

彼はたまらずその場にうずくまり、激しく嘔吐した。

園田麻衣は悲鳴を上げ、慌てて救急車を呼んだ。そのまま彼が病院へ搬送されたことで、記者たちもそれ以上質問を続けることはできず、会見は幕を閉じた。

救急車と、立花柚月を乗せた車が、交差点ですれ違う。

互いに背を向け、遠ざかっていく。

それはまるで二人の運命の分水嶺のようだった。二度と交わることのない、平行線。

車内では、アシスタントが立花柚月を見つめ、そっとティッシュを差し出した。

「立花さん、拭いてください」

立花柚月は呆然とそれを受け取り、頬に触れた。

顔に感じる冷たさが風ではなく、自分の涙であることに、そこで初めて気づいた。

彼女は、唐突に笑い出した。

「……みっともないわね」

一度決壊した涙腺は、もう止まらなかった。とめどなく涙が溢れ出てくる。

アシスタントは胸が締め付けられる思いだった。

「立花さん、辛い時は泣いていいんですよ」

そうやって笑いながら泣くのは、あまりにも悲しすぎる。

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